2009年11月16日 (月)

錯乱坊雑感 2009 Nov 16

なんとかの秋というのが種々あるけれど、外出が少ないために週末は飽きもせずにテレビ桟敷で過すことが多い。
群雄割拠のスポーツ観戦は、どれもこれも接戦になると余計に面白い。中でもよく観るプロゴルフは、スター選手が上位にいて、間もなくシーズンが終わるために、賞金王は誰だというようなことが話題の中心になっている。
ゴルフの女子は「伊藤園」男子は「太平洋クラブ」の最終日も接戦にて面白かった。石川遼選手が最年少の快挙を手中に収めそうということとか、横峯さくら選手は逆転で賞金女王になる可能性が出てきたようだというような…。
欲と道連れの興味ながら、秋の競馬のG1が続き、昨日は『エリザベス女王杯』があり、これも実力伯仲にて、馬券戦術としても面白いプログラムだ。結果は往々にして予想を裏切り、18頭中11番人気の新人騎手が騎乗した馬が優勝した。
圧倒的人気のブエナビスタは、京都外回り、切れなくても長くいい脚を使えるので有利か思った。競馬の予想と天気予報は外れるのが、まあ常識。不確実なことに金を賭けるなんて、本来ならモッテノホカながら、映画を観に行くかファミレスで食事をする程度の費用なら、まあいいかと思う次第。
それにしてもエリザベス女王杯の馬券の配当には驚いた。もしも的中していれば、1,000円が千五百万円になったという配当だった。こんな予想はとてもできない。Photo

2009年11月15日 (日)

錯乱坊雑感 2009 Nov 15

東京の人なら知られている原宿の表参道に電飾が復活するのだとか。電気の無駄遣いや欅に悪い影響があるとか、そのほかにも見物の通行人のマナーが迷惑との批判で中止していた。
でも、発光ダイオードで省電力になったことや、豆電球よりも欅へのダメージがないというが、一番の理由は活気を取り戻したいという。
不況だけが理由ではないらしく、そこそこ生活が豊かになり多くの人は生活必需品の殆どを所有しており、新たな需要を掘り起こすのが容易ではないという業者の声も聞く。
贅沢をしようと思えば、欲しいものが無いわけではないが、当座生活するのに必要なものはひととおりそろっているという家庭が多いのは確かで、そこそこ中流意識でいる人たちの多くは、生活の質の向上を求める傾向にあるという。
まだ予測するには早いけれど、このところは世界的金融不安も少し落ち着いてはいるが、円の為替レートが高くなり、輸出企業には不都合ながら、一方においては円の価値高騰で暮れからの正月休みには、海外旅行にでかける予定がある人達もいる。だが旅行業者も恐れるように、新型インフルエンザが今以上に蔓延すると多くは見込めないらしい。
みんなが節約するだけの行動になれば経済は疲弊沈滞するわけで、そこそこに循環する経済が望ましいのだろう。どこぞの家では「来て嬉しい帰って嬉しい外の孫」という。表参道沿いの住人や商店街では、観光客に同じ思いを抱いているのではないか…。Photo

2009年11月14日 (土)

錯乱坊雑感 2009 Nov 14

それほど日常に不可欠のことではないせいか、このところ気分も散漫になり、英語の勉強を怠っている。高い授業料を払った人でさえ暫くすると通わなくなると聞くが、同病相哀れみを以って分かるような気はする。
折りしもオバマ大統領が来日して、鳩山首相となにやらタテマエの記者会見をしておられたけれど、それはそれとしても聴き取りやすい発音と陶酔させるほど響きの良い声の色が素晴らしい。
駅前留学と称する会社も、なんだかんだと評判はいまひとつと思っていたら、倒産した挙句、別の会社が継続しているのだとか。それより、そこの講師だったというイギリスの人を殺めた容疑者の足取りさえも分からず、この狭い日本で逃げ回れることに不思議さを感じていたが、ようやくその容疑者が逮捕された。彼も英会話を身につけたいと思っていたのだろうか。努力も無しに英会話の会得は無理だろうが、日常会話ぐらいは話したいものだ。英語を話す人がそばにでも居れば、自然に身に付くものだろうが、独学でも単語ぐらいは覚えられるけれど、円滑なコミュニケーションは必要な環境や習慣が無いと難しい。
外国からの留学生はそれなりに優秀な人が来日しているからと思うが、それにしても日本語の習得が早い。そういう比較からすれば、日本人の語学力は劣る。中学くらいから勉強を始めて、長く英語に接しているが、いまだにアメリカの三歳の幼児にも劣る英語力が情けなくなり、劣等感に支配されている。
I want to always demand dreams.
The present aim is the acquisition of the English conversation.Photo

2009年11月13日 (金)

錯乱坊雑感 2009 Nov 13

日曜日から始まる月は、必ず13日の金曜日はある。拘るのも愚の骨頂だけれど、何か起きれば縁起が悪いと、時にそう思う。
いたるところに紅葉の名所はあるが、人の口に上ることもない場所に一、二本あるモミジが鮮明に色を染めているのもなかなかいい。
気象のコンディションや時期の問題もあって、同じ場所でもその景色は微妙に差異があり、美しい光景は一期一会のものである。わざわざ見に行くほどではなく、何気なく通りかかったときに見事な紅葉に出会うと、値打ちのある何かを拾ったような気分になる。
晩秋から冬季にかけて、晴天の日は空の色で気温の高低がわかり、冷えた日は鮮やかな青になる。ガラス越しの日差しは心地よいが、そろそろ二番手三番手の木枯らしが吹きそうな時期だから日陰の風は冷たい。
♪枯葉散る夕暮れは来る日の寒さを物語り・・・という歌詞の一節は光景を彷彿させて、晩秋のBGMとしてはなかなかいい。
秋は夜長とはいえ、このごろは読書もさっぱりダメになり、簡便に読める方法を考えないと、脳の動きも肉体同様に麻痺しそうな気もする。
誰それの未発表の本が出版されたと聞いて興味が湧いたが、活字の大きな本が少ないので、これも知人に下読みしてもらい感想を聞こうと思う。
老眼鏡も視力の低下と共に買い足しているうち七個もたまったが、結局は最近求めた倍率の高いものしか役に立たない。
熟読ではなくつんどく(ただ積み重ねて置くだけ)という、購入はしたけれど未読の本が三冊ある。目次と帯は見たものの、どれも活字が小さく閉口している。高齢化社会なんだから年配者用として活字の大きい別冊を出版してもらいたいほどだが、出版社の配慮はいまひとつだ。Photo

2009年11月12日 (木)

錯乱坊雑感 2009 Nov 12

中国の故事に「朝三暮四」というのがある。家計が苦しくなった老人が、飼っているサルの餌代を減らそうとした。木の実を「朝に三つ、夕暮れに四つ与ええる」と言ったら、サルが「少ない」と怒ったため、それならば「朝に四つ、夕暮れに三つ」と提案したらサルは大変喜んだという。
前政権で配られた給付金はまさに故事のとおり、経済活性化の政策と胸を張って発表されていたが、怪しいことはこの上ない「まやかし」に聞こえた。配り方の方法とか時期の問題とか、閣僚の中でも掏り合わせもできていなかったらしく、ばらばら発言で二転三転していた。生活支援のためと強調しつつ、無理したことは否めず、一方で三年後とか二年後ともいう消費税引き上げに理解を求めるのだとほのめかしていた。
以前にも似たようなケースで地域振興券というのを配った先例がある。結局はバラマキ政策と酷評されたように、ときの政府の安易な目論みは外れたというのを、まったく学習していなかったといえる。
そういうこともきっかけだろうと思うが、米国のChangeに倣い日本も政権交代をして期待感を国の内外に与えた。自公政権は、政局より政策なんていうのも、金融不安が起きたという背景から一瞬は「言うとおり」と思わせたが、余計なことを考えずに解散選挙で出直すことを政策にすればよかったのに…。
しかし交代後も憂う、民主党も国債を増発するとか。もうすぐ国の借金は900兆円に達するという。Photo

2009年11月11日 (水)

錯乱坊雑感 2009 Nov 11

近年にわかにそうなったわけのものではなく、少子高齢化傾向はずっと前からの社会現象ながら、これという有効な対策は立てられておらず、多方面にさまざまな歪みを生んでいる。
自公政権にとって替わり民主党が政権の座について、前政権ではできなかったことを実現するのだと威勢はよかった。しかし、現実にはあれもこれも早くも多くが足踏み状態。ものによって結論は15年ほど先延ばしという。丁寧な言葉でもその説明には承服しかねる。
北陸の田舎には友人知人が住んでいるので、ときにいろいろな問題点を聞くことがあり、ことのほか深刻な一面をいかに解決するのか、政治家も行政も本気で取り組むにしても難問山積。全国に過疎地はどこにでも散在するが、集落の機能が低下してゆく過程はどこも類似しており、徐々に深刻化している様子がわかる。
初期段階では「もう、畑仕事はしんどくてね」とか「寄り合いの回数を減らさないかね」というのがその兆候という。さらに中期においては、人口、世帯数が減り、集落機能が急激かつ全面的に衰えて「地域清掃は延期しますか」とか「夏や秋の祭りもできませんね…」とう具合らしい。
もう末期的状況とは、高齢者が数人程度の人口になり、共同作業は消滅して個人の生活にも不安が生じて、そういう状況を『限界集落』と呼ぶのだとか。
年寄りと猫は家に付くという俗説どおり、年配者は新しいところへ移転するのを嫌うという問題はある。それでも統合移転なども考える時期にきている。所縁の人たちの話を聞くにつけても、収入の格差のみならず、生活全般にわたり対策を講ずるべき大きな問題点なんだけれど…。
Photo

2009年11月10日 (火)

錯乱坊雑感 2009 Nov 10

ひところほどのバカ騒ぎではなくなったがボジョレーヌーボーの解禁日が近くなり、今日にもフランスから成田に着く予定と昨日報じていた。
昨年は、たった一円の価格差でイトーヨーカ堂にやられたとかで、今年は980円という思いきった価格でイオンが売るのだとも宣伝していたが、値下げのためにペットボトルにての販売にするようだ。 なんだかつや消しのような気もする。
葡萄酒といえば「赤玉ポートワイン」しか知らなかった頃、知人からイタリア産のワインをもらい、きっと高級なモノだと思いサイドボードの飾りとして二年ほど置いていた。長く置くならワインセラーに入れないと劣化することも、瓶に詰めただけの新酒は早めに飲むに限ることも知らなかった。コルクは抜けにくく、屑になったかけらを漉して呑んだがまずいので捨てたのが最初のワイン出会い。後に高価だというロマネコンティやドンペリも試飲したけれど、二千円ほどのワインと高級品との差がどう違うのか、味覚音痴の私にはさっぱり分らなかった。
付け足しにポリフェノールという体に良いものを含有しているとも言うが、一本や二本飲んだところで効くというものでもないのに、先を競ってまでなにがボジョレーだと思う。新酒のことをヌーボーと呼ぶらしいけれど、呑むなら勝沼ヌーボーでもことは足りるがどんなものだろうか。Photo

2009年11月 9日 (月)

錯乱坊雑感 2009 Nov 09

過去の経験則と統計などから二十四節気というのがあるけれど、不思議にも暦のとおり律義に、冬の予感もそろそろという天気予報も現れてきた。
北海道から沖縄まで、天気予報にバラツキはあるが、平均的な秋の天気からすれば、平地はやや温暖な日が多い。
今のところ外出もままならないが、テレビの画面にはそれぞれに美しいスポット映像が写り、臨場感こそないものの、過去に行ったことがある場所ならば、目だけの疑似体験でいくらか癒されている。それでも何日か前に沖縄から戻った人は、この時期にしては暑かったという感想を述べていたけれど、過日は北海道の富良野で積雪が20センチだったというから、日本列島も狭いようで広い。
年賀状の準備もいつもの通り、整理をしたら師走が押し迫る前に浮世の義理を果たすだけだ。
次々に大きな事件が報道されて、ひき逃げ犯人が逮捕されても反省の言葉もなく、実際に接見の機会が無いから真実はわからない。少し前までは幼い子供だったはずの少年が、とんでもない犯罪を大胆に行う社会は一部破綻的現状である。
とげとげしくパサパサしたさまざまな風潮を、しっとりとした優しい社会へと変化させなければ、鳩山首相が提唱するような芯からの友愛の国などというのは、腑抜けの絵空事だと思う。Photo

2009年11月 8日 (日)

錯乱坊雑感 2009 Nov 08

ガラス越しの日差しは温かく、晩秋や冬の太陽の有難さを思う。

寒いといったところで都会の秋から冬は、雪国の生活から考えると天国のようなもの。

特に今年はいまのところ平年よりも気温は高い。気象が荒れているのも温暖化のせいだというのが大方の意見だが、日本だけとか個人だけが考えても無理な課題である。

就任早々に鳩山首相は、国連総会の場所で温暖化ガスの大幅削減を宣言された。意外とも思える発表に一段と大きな拍手が起きて、期せずして国債公約になったことは周知の事。みんなで贅沢な暮らしを一歩二歩後退させる覚悟でないと、この流れを替えることはできない。

贅沢は敵だと言っていたのは物が不足していた時代だったと聴いた。
国策として節約を奨励するために「贅沢は敵だ」という看板を街中に立てたという。それを見た誰かが、敵の文字の前に「素」を書き加えたとか。
贅沢は素的だけれど、ほどほどの自制が大切と思うが、一度味わった良さを凡人は棄てられないのも事実だ。2008_05_01_013

2009年11月 7日 (土)

錯乱坊雑感 2009 Nov 07

今日は二十四節気の立冬。暦の上では冬入り、着衣も寝具も冬モードに切り替える時期だけれど、季節の踊り場みたいで難しい。
ある程度の年令になっても「まだ若いものには負けない」という気概は必要だが、現実を直視すれば個人差はあるものの、それなりの年齢になれば肉体の衰えは否めない。老いては子に従えの教えに準じて世代交代があり、戦後生まれの人たちが中心に、各方面の企業においても若い人材が世の中枢を担っている。戦争を歴史でしか知らない人達が社会を支配する時代になった。

フォークソングが全盛だった頃に新人類と呼んでいた人でさえ、今はもう大人になり時代の半数以上を成し、すでにそれらの団塊の世代と呼ばれる人たちの子供が各分野で活躍していて、ナナロク世代と呼ばれているとか。ナナロクとは、1976年ころに生れた世代のことを言うらしく、そういう若者も30代になっている。

背負う子に教えられて浅瀬を渡るという教訓に従い、なんとか深みに嵌らずに安定した時代を長く続けてもらいたいものだと願っているが、まさにいま戦後レジーム(枠組み)からの脱却に、政治も経済も七転八倒しながらもだえているようにも見える世相ではある。2008_07_05_019

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