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2008年10月

2008年10月31日 (金)

錯乱坊雑感 08-10-31

十月のつごもり。昨日から年賀状が売り出されて、いよいよ年末モードになり、気分も慌しい感じがする。どういう変化をもたらすのか、大方の予想ではオバマ大統領が誕生しそうというが、解散は先送りの様相である日本。
政局か政策かとの問いかけでなかなか解散しない総理に、野党の民主党はあてが外れたとばかりに怒っている。世界的な経済不安が発生したという背景があるものの、麻生首相に言葉のトリックがあるようにも思う。
言葉は通じれば目的を達成するわけだから、遣い方がどうだとか乱れているとか言うのは専門家に任せればいいとはいえ、耳に馴染まない言葉もある。
時代とともに言葉の変遷は激しく、昔は、上品な奥さん達は使用しなかった「やばい」などという言い方は普通に聞くようになった。そういえば、麻生さんも以前の街頭演説では何度も「ヤバイ」を連発していた。
「ウザイ」という言葉も高校生あたりが使う特殊な言い回しかと思っていたら、ある大臣の奥さんがインタビューに答えて「ウザイと思われるようなことは主人に申しません」と話していた。新聞記事の転用ながら、「ウザイ」は、うっとうしいという意味だが、もとは多摩地区の方言で「うざっとう」(面倒という意味)が転じて「うざったい」になり、それを短縮して「うざい」になり全国に広まったという。
常識人と思われる人が使用しているのを聞くと、なんとなく違和感を覚えるが、そのことを論うと『お前はウザイ』と言われかねない。
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2008年10月30日 (木)

錯乱坊雑感 08-10-30

株に関心があろうと無かろうと、最近の一般紙にも世界的株安のことが賑々しく紙面を埋めている。一連のこの出来事は百年に一度のことだというが、経済活動の混乱は社会の落ち着きを失っているようにも見える。
そういうこととは無関係ながら、最近の空模様は一日の中でも変わりやすく、晴天がにわかに曇り、ときに雷雨になったりして安定しない。上空の寒気が雲を作ったり雷雲に発展させているせいだとか。
日記帳や手帳が来年度分として文房具屋の店頭に並ぶ時期になり、年末までがアッと思う間だ。「歳月競い流れて、昼夜も息まず」とは奈良時代の万葉歌人の山上憶良の言葉である。
今は便利な時代になり、簡便に日記や記録類が保存できるようになった。純然たる日記とはいえないがブログなどは記述するよりも早く便利ではあるが、公表すれば多くの目に曝している関係で恥をかくことが無いではない。
ある作家の言葉によれば「日記を素直に書くという行為からは、これからの自分の人生を充実させる尊い糧が生まれる」という指摘もある。
それほど大仰な意味を感じて始めたわけではなく、ボケ予防にでもなればいいかと思う程度の動機だが、非公開の真の意味の日記を読み直してみると「○○さんが午後二時に来訪」などと書き込んだ日程から、喜んだこと、怒ったこと、哀しんだ事、楽しかったことの記憶が少しずつ甦って来る。
明日で十月も終わるけれど、まだ二ヶ月もあると思う人もいれば、もう二ヶ月しか無いと焦燥感をもつ人など、感慨もそれぞれのようだ。Photo

2008年10月29日 (水)

錯乱坊雑感  08-10-29

このところの天気は、早朝に晴れていても午後は雲が覆うという日が続いて、予報によれば本日もそのような気象のようだ。
そろそろ北海道では平野部にも雪がちらついたとのことで、日中の気温が4度と報じていた。東京も寒いと思っていたら、麻生総理が解散を先延ばしするとの情報から民主党が湯気を立てて怒っているせいでもあるまいが、太陽が覘けば気温が上昇し動くにはちょうどよく今日も暖かい。北海道のことを思えばありがたいほどに温かく、東京は本格的な秋さえ来ておらず、冬はずっと先だとは思う。
たまに旅行で行くにはいいところだが、北海道の冬は長く厳しい。住めば都とはいうけれど、よほど健康でなければ暮し難いだろうと想像する。
私はいまのところ通院の時ぐらいしか街路樹を眺めることは無いが、道路わきの桜並木の葉が緑のまま落葉してみそぼらしく見えた。排気ガスのせいか、それとも酸性雨のせいかとも思うが、紅葉が始まる前に落ち葉が多いのが気になる。
このところの低温からそろそろ里の秋も始まる気配だが、予想外の変化があり、先般の雷雨みたいに気象が不安定ではある。
秋の日はつるべ落とし。五時半にもなるとストンと暗くなる。もうすぐ11月、昨日眺めた富士山はすでに冠雪して美しかった。

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2008年10月28日 (火)

錯乱坊雑感 08-10-28

雷雨があれば季節が変わると聞いていたのは昔のこと。今年の発生回数は、首都圏では88年ぶりの新記録だとか。今朝はジンクスに従うかのように、気温もこの秋最低13.1度、コバルトブルーの快晴。

昨日のことだが、何気なく朝から聴いていたTBSラジオから懐かしい「ちあきなおみ」さんの特集が流れて、しばしの間手を止めて聴き入った。
喝采・赤トンボ・たそがれのビギン・りんご村から・矢切の渡し等等…。中でも、滅多には聴けない「さだめ川」という歌は、哀調もありしみじみとこころに沁みた。
喝采がヒットして、ちあきなおみさんの歌が出たころ、日中国交正常化が実現して今年で三十六年になるとか。一睡の夢の中で過ぎた歳月のようにも思う。
このところ暖かだったがにわかに涼しくなったと思っていたら、北の稚内では初雪だったらしい。中庭の樹木も迷いがあるのか、いつもの年だったら変色が始まるはずの時期なのに、わくら葉のようにも見えて、里の秋は気象の不安定さを示しているようだ。
もうすぐ週末は11月。時を待たず年賀状の準備をしたり、たまっている雑用の整理をしなければと、追われるような気分で年の瀬を迎えそうだ。なんということもなく時間だけが過ぎて、気が付けばまた加齢。ひとつずつ夢らしいものも消えて、ただの惰性で過ごすのは如何なものかと思うが、体が不自由になってから以後は、当面の健康維持だけが日々の目標に成ってしまった感がある。
もう一回花が咲くとか夢を抱くというには、体力的にも年齢的にも無理なことだが、いま少し充実感のある日々を重ねられるように、なんとかこのトンネルを抜けたいと願ってはいる。
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2008年10月27日 (月)

錯乱坊雑感 08-10-27

普段は機嫌の悪そうな人もニッコリしそうな晴天。反して、株式市況を聞けば朗報にあらず、不景気風が長引きそうな気配である。
気分に左右されて感情の揺れがおおきい人のことを、変化の激しい空模様になぞらえて「お天気屋」という言い方がある。おおむね褒め言葉ではないが、ときにスカッと晴れた秋の陽気を連想する日があり、まんざら捨てたものではない。だが、ときには時雨(しぐれ)の場合もあり、安定していそうな陽気でも荒れた気象のときもあるから、まるでいまどきの気候のようでもある。
若かりし頃の昭和四十九年の十月十日、深呼吸をしたくなるような青空の下、航空自衛隊の特殊飛行部隊のブルーインパルスが代々木上空で五輪を描き、それを合図に東京オリンピックは開催され、時を経て四十余年。
統計によれば十月十日は晴れの特異日(九割以上の確率で晴れるという)にあたり、以後はこの日を体育の日と制定したが、時代を経て月曜休日法という別の法律で土日月曜の三連休へと変更。当初の狙いの晴れに合わせた体育の日が、サラリーマンの休日の都合へと変わったのだから、いい加減なものだと思えなくもない。
近年の天候は経験則や統計では予測できない傾向にあり、もはや晴れの特異日ということで選ばれた祝日の概念さえも成立しないのかとも思うが、天高く馬肥ゆる秋を謳歌したい。終末の土曜日は、もう十一月。二ヶ月掲載のカレンダーが残り一枚になった。Photo

2008年10月26日 (日)

錯乱坊雑感 08-10-26

曇天にて早朝の気温は17.4度。来週ぐらいから一日の最低気温がさらに低下しそうとか。
今日は競馬若駒三冠最後の菊花賞。興味のない人には何のことやら。

僻地ではなく都会の中心の東京で、脳内出血を起こした妊婦が八つの病院から受け入れを拒否され、出産後に亡くなるという痛ましい事故が起きた。
報道によれば、最初に受け入れを断った都立墨東病院は二十四時間、どんな救急患者も受け入れる「東京ER」を開設しているとか。恥ずかしいことだけれど不勉強にてERの意味も知らなかったがEmergency Room(救急医療待機室常備病院)のことだそうで、名目ばかりで実際には機能していないことを証明した形だ。
東京には病院が多いのにもかかわらず、地方よりもタライ回しが多いという。病院が複数にあると、自分のところで拒否しても、なんとかなるだろうという甘く考えるところがあるように思えてならない。
この問題に関連して厚労相と都知事が泥仕合のような責任のなすりあいをしていたが、医師不足と聞いてはいるけれど、勤務者の少ない祝祭日だったとはいえ、突発的な病気や怪我は曜日を選べないわけで、ERの指定病院なら極力受け入れる態勢でなければ意味が無い。
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2008年10月25日 (土)

錯乱坊雑感  08-10-25

すでに落馬をしているような人生だから、いまさら嘆くことでもないが、慢性的な床ずれ(ジョクソウ)の悪化から高熱が出て臥床の身となったりして、二年半ほど過ごした。
なにしろ、車椅子にも座ることができずに、ただベットに横たわり徐圧のみが治療の策という医師の指示だった。こんなことで時間を過ごしている間に寿命のカウントダウンが聞こえるような気分だったが、医師から最善の策と言われれば従わなければならず、起きていなければ出来ないことの一切を、当分は断念せざるを得ない状況だったけれども、ようやくトンネルを抜けた。
愚痴っぽくなるが、いくらかラクに過ごせると思っていた矢先、肩痛でこのところは憂鬱な日々になっている。
今日は晴れ模様の小春日和に成り気温も高くなって、ほっこりとした温かさを感じる。霜降とやらも過ぎて、本来なら平野部でも紅葉が始まる里の秋だが、標高800mほどは美しい紅葉と知らされたばかりだけれど、今年は野も山も暖かいようで遅れる模様だとか。
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2008年10月24日 (金)

錯乱坊雑感 08-10-24

昨日が二十四節気の霜降とか。そろそろ大気が冷えてくる時季ながら,降る雨も冷たいわけではなく、むしろ空模様の割りには温かい。
甥の子供は小学五年生。親は、ゲームばかりしていると嘆く。存分に遊べない環境にも一因があるのか、都会の子供は木登りができないという。
時代とともにゲーム機で遊ぶとか学習塾に通うために遊ぶ時間が少ないという側面もある。山村の子供も時代とともに都会の子供たちと差はないとも聞くが、木登りぐらいはする機会も多く、そればかりではないだろうが体力や機敏さは田舎の方が上という統計もある。
高いところがダメという人は田舎も都会もないだろうと思っていたら、団地だか高層マンションの手すりの上を歩いていた子供が足を踏み外して死亡したという事件があった。ときどきそういう遊びをしているのを目撃して近所の人は注意していたとか。それでも予防できなかった原因のひとつに「高所平気症」というのがあるらしいと聞いて、そんなことはこじつけではないかと思った。
折角育てた子供を、この少子化の時代に社会としても勿体無い話で、同じ事件が起きないように注意する必要を感じるが、有効策は難しい。
子供は未熟ゆえに、ときにとんでもないことをする場合もあるが、火は触ってみて熱いことを知ったり、木登りなどで擦り剥いたり落ちてケガをするなどの経験を積み重ねて危険の限度を身につけてゆく。 現実を俯瞰するには、本当の危険の手前が体験できる遊びも貴重な経験になる。どの程度のことになると死ぬという現実感を教えなくてはならない。 S

2008年10月23日 (木)

錯乱坊雑感 08-10-23

2008-10-23

百景余談録 08-10-23 13:17 編集CommentsAdd Star

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世の中の箍(たが)が緩んでいるのは、今に限ったことではないが、次々に不信感が募る出来事が多く、このままで日本は大丈夫なんだろうかと心配になる。

友人に言わせれば「大丈夫だヨ、お前もそれほど長く生きていられるわけでもあるまいから、生存中にどうこう心配するようなことにならないから、まあ、あんまり余計な心配をしないことだな」と、軽く片付けられた。

個人的生活には無関係のことながら新聞には福田さんが現職のころもキレタという記事を読んだ。どういうことかと目に留まったが、共産党の質問に対して首相の答弁は「いくら議論したとしても、反対のための反対をするから、いくら説明したところでどうせ賛成とは言わないんでしょ」という場面は私も視聴していた。 野党は「ろくに議論もせずに、数の力で押し切っていたのに今の態度はけしからん」という。

時は流れてすでに麻生政権が誕生しているが、福田さんが辞任の記者会見の折に『…私はものごとを冷静に客観的に判断できるんだ…あなたとは違うのだ…』などと、どうみても冷静ではなかったように見えた。

民主主義は多数決が原則だが、一方においては、少数意見の尊重も不可欠要素なんだけれど………。昨年は与党にその配慮が欠けていた。失って知る健康のありがたさみたいなもので、ねじれた勢力図になって安倍さんも福田さんも首相は苦慮したが、解散絡みで福田さんの頃とは様変わりになって、次々に法案が通過している。政治とは摩訶不思議Photo

2008年10月22日 (水)

錯乱坊雑感 08-10-22

とてつもない事だから新聞記事になったり話題にのぼったりするのだろうが、お坊さんの修行のひとつだという断食不眠の「堂入り」というのを達成した人が出たと記事にあった。
比叡山山中の明王堂(大津市)で十三日から断食、断水、不眠、不臥で不動真言を唱え続ける修行を「堂入り」というらしいが、それに挑んでいた比叡山延暦寺大衆院の住職が二十一日の未明まで九日間を達成して、ようやくシャバに戻ったというもの。 信じられないほどの荒行といわれるのも当然で、達成した人は戦後十二人しかいないとか。テレビのテロップならば「良い子のみなさんは真似をしないでください」と流れることだろうが、普通に考えれば死ぬだろうなと予想される行為である。
まずもって真似をしてみたいと思うはずもないけれど、究極の人間の限界を知れば、かなりの無茶をしても耐えられるという証明でもある。
宗教的儀式のようなものには、種類によっては狂気そのものと思えるものもあり、門外の人間には理解も難しいが、修行というからには困難が伴わないと達成感が得られないのかも知れない。
食べ物を娯楽にしているような大食い大会を喜んで見ている社会も異様だから、突飛な修行の話題は妙に清々しい。

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2008年10月21日 (火)

錯乱坊雑感 08-10-21

今日も秋晴れ。無風にて動けば汗ばむほどの気温。ガラス越しの陽射しが暑い。ニュースによれば、関東北部は紅葉狩りによい時期とか。
大方の事前の予想を覆し、巨人が最大13ゲームという大差を逆転してペナントレースを制した。
夏過ぎまでは、だれもが阪神の大差優勝を想定していたが二位に敗れ
た阪神はクライマックスでも、昨日はツーランH一発で敗退。
昨年と同じケースで中日が日本シリーズへ駒を進めそうな気配だが、昨年の雰囲気に似ている。中日の落合監督は予告に従い頭を丸めてファンに詫びていたけれど、屈辱というより次のステップを考えたポーズのようにも見えた。福田前首相が引用していた「韓信の股くぐり」を落合さんは実践したものと思う。
中国・韓代の武将・韓信が若い頃、当座の敵の股をくぐる屈辱に耐えて、そのご大成したという逸話で、大志を抱く者は目前の恥も耐え忍ばなければならないことの例えとしていう。 散髪をしただけだという人もいるから大げさな受け止め方ともいえるが、昔の武士はみそぎのあかしとしてマゲを落としたというのに似て、一応は坊主になるというのはお詫び表明の形と受け止められている。
岡田さんは、決戦を前に辞任された。片や、落合監督は、自分が代表して屈辱に耐える形を見せて、選手には次は頼むぞというメッセージにした。華麗な守備を見ていたら底力があると感じたていたが、勝負事は結果次第ながら監督のポーズも含めた采配は見事ということになる。
*日曜日は三冠目の菊花賞がある。
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2008年10月20日 (月)

錯乱坊雑感 08-10-20

世界の金融環境が悪化しているのとは反比例して、安定した秋日和の好天が続いている。本日もいくらか暑いほどの陽気で、里の秋はまだまだ
先延ばしになりそう。
それでも遠くの野山にもそろそろと秋の気配。もっともテレビの中の映像で見ているだけだが、最近の報道から今の日本はあらゆることが「曲がり角」なんだと思わせる。
犬猿の仲だった朝日、読売、日経の三新聞が連携して共同配達体制を作るとか。ネットサイトでも協力するというから、余計なお世話だがそれぞれ各社の記者たちの頭の切り替えが大変かと推測する。
また別の分野でも、社風も客層も違う三越と伊勢丹が合併したのを横目に見て業界再編が起きている。かつてなら想像だにできないことが今うごき始めている。
古くを思い返せば、普通の商店といくらか安売りのスーパーかデパートしか知らない頃にコンビニが出現した。近くの酒屋さんが店舗を改装するというので見に行ったら、コンビニエンスストアーという看板になっていて驚いた。昭和四十九年のことだった。
其の後は同じような店が方々に出来て、スーパーマーケットとともに発展したことは知っての通りだが、53年に上場して今期初めて減益になったという。利用者が減ったとは思えないが、店の数が増えすぎて採算性が低下しているのかと推測する。
若い人は、引越しをするとき、コンビニとコインランドリーが近いことが条件と聞いた。生活の質の変化とともに、利便性の追求やら少子高齢化などの社会環境の変遷が、さまざまなことの変革へとつながるようだ。
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2008年10月19日 (日)

錯乱坊雑感 08-10-19

昨夕も五時二十分から七分ほど、まさに陽が落ちる瞬間の空を眺めていた。刻々と夕焼けの模様が変わり、美しい茜空からたった七分で、つるべ落としの井戸に桶が落ちる速度のように暗くなった。
今日もPhoto ときにうす雲も出るけれろど、この時期にしては暑いほどの晴天。
折に触れて麻布のNちゃんは、なんだかんだと電話をしてきて、一方的に愚痴をこぼしているが、こちらも肩痛で憂鬱でいるというのに、生返事をしていると「ねえ、聴いているの!」という。
ずっと前から同じようなことを言ってはいた。一人暮らしのせいもあるが、たぶん更年期障害のせいかと推測するけれど近年は体調不良を訴えることが多い。
少し前にも同じことを聞いたような気もするが、若いころから優柔不断にて、誰かが手でも添えないかぎり何もできない特徴がある。どんなに彼女の悪口をブログに書いたとしても知られるはずはないと思っていたら、今パソコンの練習をしているという。ひょっとして、コレって私のことじゃないのと言われれば、それなりにパソコンができるレベルになったねと褒めてやりたい。
私も還暦になって初めてパソコンに触って、やっと覚えた。まだ君は59歳、できるはずだ。
Nちゃんは熱し易く覚め易い性格なので、面倒で頭が痛くなるからやっぱり止めたわと、放り出すという可能性も有る。
いちいちうっとおしい電話をかけてきて面倒だと思うときもあるが、しばらく音信が絶えているとどうしているかなと、知人の孤独死の訃報を聞いて連想することがある。

2008年10月18日 (土)

錯乱坊雑感 08-10-18

今日は曇りとの予報もあったが、おおむね晴れの快適な天気。
折りしも国会は、衆議院の予算委員会の集中審議が行われている。インド洋での給油活動延長問題が目玉になっているが、解散問題を孕むだけに成り行きが注目される。
唐突な話とは思ったが、福田さんが自分の力で拉致問題を解決したいといっていたがうやむやで降板。麻生総理の首相就任時の決意をただしてのことか、それとは別に野党からの質問があり北朝鮮への制裁について論戦があった。
何人かの人たちが帰国したけれど、拉致された人が多く取り残されていて未解決のままである。だが、北の主張はすでに解決という一方的な発表のみで現在も実態が把握できていないという。分からないことに制裁を言明することは困難なわけで、国際社会も思考停止段階である。
宇宙からの偵察衛星は地上に停車している車のナンバーも読めると聞いていたが、それなら大規模な核実験の実態が把握できなかったのは何故かわからない。アメリカが見切り発車のような状態でイラク攻撃をしたようなことは慎むべきことだが、早く的確に北朝鮮の、情報を入手する必要はある。
不気味な隣国の暴走がよくわからないだけに、アメリカがイラクのことに拘っている以上に隣国の狂気が余計に怖い。
何をどう担保したのか、政権末期のブッシュさんは、テロ指定国家の解除をして北朝鮮には歓迎されている。司令官の健康状態が云々されているが、何一つ確かな情報はないままだ。Photo

2008年10月17日 (金)

錯乱坊雑感 08-10-17

昔、軍国主義というのがあった時代に、即戦力の兵隊を訓練するために「江田島兵学校」というのがあったと聞いた。その跡地を利用したのか、自衛隊の施設があったとは知らなかったが、そこで特殊訓練をしていたとか。
まだ耳新しいニュースにて詳細は報道されている範囲でしか判らないが、配置転換の隊員を送り出すにつけ「はなむけ」の儀式と称してしごき、そしてその隊員は死亡した。少し前に起きた大相撲の稽古場でのしごきで死亡した少年の事件とイメージが重なる。
はなむけをしてもらって死亡したというのは、どう考えてもおかしい。
旅立ちを祝って贈る金品や言葉を一般的に「はなむけ」というが、旅立つ人の馬の鼻を進むべき方向に向けたという江戸時代の風習に由来しているらしいが、真のはなむけなら心温まる思いやりを感じる。
旅立つ者には少なからず不安もある。ましてや、当時のたびには危険がつきもの。決心したものの、ひるむこともある。そういうときに、馬の鼻を行き先に向けて、つまり背中を押してあげることが、何よりのおもいやりだったという。
しごきで死亡させて、何がはなむけかと、隊員の家族ならずとも癪に障る話だ。どうにかしている。
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2008年10月16日 (木)

錯乱坊雑感 08-10-16

早朝から秋にしては、やや気温が高い。過ぎた日は早く、「偽装」というのが取り沙汰されるようになって二年余り。
どこでどんな風に企業モラルを崩したのか、詳細は不明だが歴史ある老舗のインチキがいくつも暴かれた。偽装などという事例を聞くと、よもやと思うよりは、またかの気持ちになるほど、さまざまな背信事件が露見して、ますます猜疑心が深くなり安全な食物が少なくなっている。
表沙汰になったのは内部告発だとか。密告という行為は陰湿なイメージもあるが、社会においては内部であろうが外部であろうが批判に耐えられるだけのものが無いのなら社会的責任を果たしていないわけで、企業のコンプライアンス(法的遵守)が世に問われている。告発の方法は好ましいことではないけれど、こうでもしなければ表に出なかった不正だった。
箱には確か『生ものですからお早めにお召し上がり下さい』と書かれていたのを記憶している。記載されていることの信用はすでに失墜している。
国内ばかりか中国からの輸入「いんげん」にも、袋には品質保証が明記されていたが、ジクロルボスという農薬が基準値の三万五千倍もの残留数値が検出された。 かなりの高濃度の毒物検出は、人為的な事件の様相が強く例外的なことかも…。
スーパーなどで買い物をする場合も、特に食品は賞味期限とか消費期限というものを、一応はちらっと見る。 表示が改ざんされているとしたら表示の意味さえないが、こちらが知らないだけのことで、平たくいえば誤魔化しているものも相当にあるに違いない。 Save0047_2

2008年10月15日 (水)

錯乱坊雑感 08-10-15

願い事は、いかになんでも叶えられるという神様に頼んだところで、実現する確率は低い。なんとか薬師という神社は「なんでも叶う」というのがウリらしいということが喧伝され、折に触れて参拝するという知人がいる。
たかが野球に、よくもそれほど熱心になれるなと思う阪神タイガースのフアンだが、誰もが疑わないほど独走していたペナントの優勝をとの願いから、勤務も休んで御参りしたとか。願いは叶えられず、あえなく巨人に逆転されて今年のゲームを終了したのはご存知の通りだ。
若いとはいえない知人が拳を握って熱を入れていたので、阪神フアンにはこういう熱心な人が実に多いなと思いながら眺めていたが、結果から、掌中の珠でも失ったかのような落胆ぶりである。まあ、クライマックスで勝ち上がり日本シリーズで優勝の目もあり、来年もその次もずっと先もあるのだから「また応援すれば」と声をかけておいたが、さすがに間違いないと信じていたペナントを逃した悔しさが残念だと思わせる失望感が漂っていた。
1985年に、前年まで万年最下位を脱しての優勝。その時は、どうかなったかと驚くほど、まさに狂喜乱舞の体で少年の心を失っていないなと感じた。なんでも奢るというのでマツタケを一箱もらったが、その後の優勝ではこちらが祝いとして薦被りを贈った。
野球であれサッカーであれ、度を超えていると思える熱心なフアンがチームの有難いサポーターだけれど、優勝バーゲンに力を入れるデパートとか、それを目当てのお客さんなど、社会の活性化に大きく寄与しているとはいえる。
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2008年10月14日 (火)

錯乱坊雑感 08-10-14

早朝から曇天にて、午後は雨の予報。この空模様とは反対に、このところの世界的な金融危機に一応の対策が立てられたことから、一時的にしろ安心感が広がり一斉の株高。
英字新聞にはクライシス(危機)という単語が目についた、いわば土砂降りの経済状況を示していたが、今日は一転しての相場は晴れ模様。
英語は中学一年から学習しているのに、いまだに苦手意識が強く、簡単な単語の羅列ではコミュニケーションが十分に成立するというレベルにはほど遠い。
若い頃はいわゆる洋物映画が好きで、一般的に知られている有名なものは殆ど見たが、サイドの翻訳文字を読まないで理解できればもっと愉しいのにといつも思っていた。
社会人になってからも五反田の英会話スクールへ半年ほど通ったが、成果は外国人講師と懇意になったことぐらいで、会話能力はアメリカの幼児にも及ばないままである。 千昌夫さんの歌のように、ポタージュスープだのピクルスが好きな女性よりも、味噌汁と糠漬けの漬物を好む人の方が相性が良いとわかり、英語の勉強も途絶えていた。
今の所に住むようになって近所の英会話が得意な方と巡り会い、それを機会として少しずつ学習を再開したけれど、電子辞書を傍らに置かないとすぐに詰まってしまう。
釧路公立大学の学長だった方が定年を過ぎて、いま歌人石川啄木の作品を英訳したものを自主制作の小冊子にして発表されていると聞いた。
私より年上の72才になっておられるとか。比べればまだ若い。ボケ予防などとうそぶいていないで、爪の垢でも煎じて、いますこしボツボツ学習しなければと思い直している。
*** I have been working ***
Dolfin1

2008年10月13日 (月)

錯乱坊雑感 08-10-13

この連休は陽気もまずまず安定している。早朝は雲もあったが徐々に晴れ渡り気温は高目。いくらかの微風も止み、運動会日和の快晴。
世間の生活とは乖離のある生活をしているので三連休であろうと、世間の土日という実感は無いが、晴れ晴れとした陽気は健康ならじっとしては居られない天気である。アウトドァーのスポーツなり行楽には最適な時期だが、昔は固定的だった10月10日の体育の日は変動するようになって、自分だけかも知れないが印象が薄くなり、この土日あたりの運動会が多いという。
テレビでは、ゴルフ中継や競馬も野球も見るが、この時期はドライブやハイキングなど行楽に最適だ。
スポーツはテレビ桟敷で観戦するのみで、自分が参加してやらなくなって三十年にもなる。
動かないで食べるのみの生活をしていれば、糖尿病やその他の病気になるのも必然だが、今のところ生活習慣の改善は、食べることを制限する以外に方法は無いというから止むを得ない。食欲の秋に、あれこれ制約のある真にトホホな日々だ。
Save0116

2008年10月12日 (日)

錯乱坊雑感 08-10-12

日本晴れというのは、一点の雲も無い好天を指す。だが、風上の隣国の工業化が進展して大気汚染が増えたせいか、一日中青空というのは少ない。秋の空模様は安定せず、誰かさんの気まぐれのような観もある。
いつもなら長雨も終り、ひととき安定的な気候に落ち着く時期になる。 朝の挨拶はまず天気の話題から始まり、人間の生活の気分に大きな影響を与えて、晴れればこころも晴れて気分が良い。
知人に「雨男」と自他共に認めている人がいて、その彼が旅行に出た日は、やっぱり小雨が降り、本人も周囲の人も諦め顔で嘆いていた。
他人事だから余計な統計を記録しているわけではないが、晴れた日の旅行もあるだろうと思うのにその記憶が残っていないだけで、たまたまの降雨のときだけを鮮烈にインプットされ「雨男」に相違ないと思い込んでいるものと思う。
雨が降ったといって特段に落ち込んでいる様子ではないが、悪いとかマイナスのイメージを捨てて、いっそのこと、どこかの神社でお払いをして「晴れ男」に変ったのだと宣言してみたらどうかと勧めた。
前々日にバスハイクに行くというので、家人や一緒に行く友に晴れ男になったことを伝えておいたらしい。それ見たことか、按配よく晴れて暗示が効いたと喜んでいた。 一年中雨とか晴れが続くわけでもあるまいに、偶然がそれほど重なるはずはない。それでも、一日の中で天気変化がまだらなことなら最近は稀れではない。Save0175

2008年10月11日 (土)

錯乱坊雑感 08-10-11

風も無くまずまずの日和。午前中は雲もあるが晴れる気配で気持が良い。もっとも関東でも南部と西部では空模様にも違いがあるようで、沿岸地区の南部は雲が多いというから、東京も広いからどこもかしこも同じではないようだ。
同じ東京の話をしているのに、うっかり自分の住むところを中心に話をしていると、特に空模様などは大きく違っている場合がある。
私の所は埼玉県に近い西部なので、どちらかといえば内陸部の天候だが都心部の中央区や千代田区、品川区、港区は高層ビルが増えて風の流れ方が変化したために、最近の気温は間違いなく上昇しているという。
それぞれのビルから排出されるエアコンの熱に加えて、高くなったビル群が海風を遮る屏風のようになり、その一帯に居住する人達は、いわゆるヒートアイランドを実感しているらしい。
三ヶ月前の七月の洞爺湖サミットでは、世界的な温暖化現象について具体的なアクションプランを纏め上げると言っていたが、当の福田さんは辞任して置き土産になった。
どうなるのか知らないけれど、本当は喫急の課題のはずながら、それどころではなくなっている。このところの金融安定化法案が米国下院において否決されて、その後可決されて以後、その影響は世界中に飛び火してのんびり構えていられる状況ではなくなった。日本の株式の狼狽売りが止まらない。
株券を所有している人たちのみならず、早晩、実体経済に深刻な打撃を与えそうな状況になってきた。
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2008年10月10日 (金)

錯乱坊雑感 08-10-10

早朝から晴れ、日中は夏日になるという予報。やはり本来の晴れの特異日。昔は本日が体育の日だったわけで、二十四節気の「寒露」が過ぎたころから秋の長雨が終り、ようやく秋晴れが続く気圧配置になるという。その経験則は、そこそこ当たって気持の良い空模様になった。
つい先般は台風15号から変化したという低気圧と秋雨前線が重なり、所によっては時ならぬ大雨だったと報じていた。いつもテレビに逐一天気予想図が示されて、気象予報士なる可愛い子ちゃんやそれほどでもない人たちが解説してくれるので、知らぬ間に門前の小僧か門前の爺さんのようになった。
朝の空気を入れ替えるために窓を開け放つと、少しブルっとする冷気になり季節を感じる。
昨日は時々訪ねて来る友人が、すぐそこのコンビニで買ってきたという「おでん」を発泡スチロールの丸パックに詰めて持ってきた。少し前に糖尿病の懸念があるという医師の警告もあり、ずっと食事制限をしていた。そういう生活のために、特に甘味の強いカロリーの高い食べ物を敬遠していることを知っていて、それなら「おでん」でもと思ったという。
コンビニで売っているおでんなど、たかだか知れているだろうと思っていたが、冷め難いパックの中は吹いて食べるほど熱く、おでん屋の名店の味と遜色のない美味だった。沢山食べればケーキ類と変らぬカロリーになるかと思いつつ、七種類のタネをたいらげた。
ろくに動かず肩痛で不調なのに、食欲だけは旺盛。好きなものには抑制がきかず、恐る恐るながらメタボへの逆戻り。まさにネコに鰹節ならぬネコにおでん。
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2008年10月 9日 (木)

錯乱坊雑感 08-10-9

雲間から朝日も差してそこそこ晴天。気温も昨日より2~3度高目。
早朝のニュースから世界同時株安の連鎖現象を伝えている。一方、降って湧いたように四人もノーベル賞を受賞とか。
最近、なんだか意味の分からない事件があり、なぜそういうことをするのか、どう考えても必然性が理解できない。
たった5,000円ほどの万引きをして捕まったという公職の身にある人。それなりに知られていた俳優が自宅で大麻草を栽培して自らも吸引していたことが発覚逮捕。少し前に、テレビでもよく見かけていた大学教授が女子高校生に痴漢をしたというのも、全く理解できない事件である。あれは病気だといっていた人もいるが、確かに病気かもしれないと思う。
社会的地位立場のある人が、発覚逮捕されればどういう結末になるのかの連想もできなかったのか、それとも絶対に見つからないとでも思っていたのだろうか、そこのところが不思議な気さえする。
世間的に考えれば重罪ではないけれど、社会的信用は地に堕ちたと思わせただけではなく、弱いこころに憐憫の思いがする。
金額が多ければよいというわけではないが、たかだか知れた金額の万引きや、破廉恥な事件を引き起こし、その後の人生をおじゃんにするという想像力の欠如は情けない。
五体満足で家庭も社会的地位もある人が、簡単にその立場を棄てる行動が分からない。もったいない人生だと、つくずく思う。
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2008年10月 8日 (水)

錯乱坊雑感 08-10-8

早朝はどんよりと曇り。午後は一時晴れ間もある模様という予報。
今日は二十四節気の寒露。そろそろ半袖では肌寒さを覚える時期ではあるが、本日はそれほどの寒さではない。
ルテンリンネ。生まれ変わり死に変わりして、流れ移ることをいう。仏教用語の輪廻転生(りんねてんせい・りんねてんしょう)は同じ意味を指す。
秋に紅葉して、やがて落葉した樹木は死んだわけではないが、冬を過ごしやがて春を迎えると青葉が芽吹き、その時期になると生命の神秘を思う。
個々に死生観は違うものだから、人間も死ねば生まれ変わると信じている人もいるようだが、生まれ変わりだと自分で公言している人でも、それを立証できるものはない。
よその国のことだから言えるが、ダライ・ラマさんは前世からの生まれ変わりと信じられている。
日本の芸能人にも今度生まれ変わったらと言った人はいるが、案の定たいがいは言葉だけのことであり、自分にあてがわれている生涯はたぶん一度きりのもので、死ねばハイそれまでの終わりだと思う。 つまり、生まれる前の状態と同じで「無」であり、その前のことなど考えたところで解明できる話ではない。
小説や映画では「夏に飛ぶホタルに生まれ変わって戻ってくるから」というセリフには、荒唐無稽なことと思いつつも、それほどの思いというものが胸を熱くして感動したりする。
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2008年10月 7日 (火)

錯乱坊雑感 08-10-7

今朝もうす曇り。気温は平年並みとか、おおむね18度くらい。23~4度になるらしい。
日記帳や手帳が来年度分として文房具屋の店頭に並ぶ時期になり、夏が過ぎると年末までがアッと思う間だ。「歳月競い流れて、昼夜も息まず」とは奈良時代の万葉歌人の山上憶良の言葉である。
今は便利な時代になり、このココログSave0043 もその他のブログも簡便に日記や記録類が保存できるようになった。記述するよりも早く便利ではあるが、読み返しもしないでバッパッと済ませるクセがあり、公表して多くの目に曝している関係で恥をかくことが無いではない。
ある作家の言葉によれば「日記を素直に書くという行為からは、これからの自分の人生を充実させる尊い糧が生まれる」という指摘もある。
それほど大仰な意味を感じて始めたわけではなく、ボケ予防にでもなればいいかと思う程度の動機だが、非公開の真の意味の日記を読み直してみると「○○さんが午後二時に来訪」などと書き込んだ日程から、喜んだこと、怒ったこと、哀しんだ事、楽しかったことの記憶が少しずつ甦って来る。
公開、非公開も合わせて七つのブログは、時間的に二時間では粗製乱造の文章にもなりかねず、ひとつひとつ推敲して記録するためには減らすしかないと思うようになった。
ひょっとしたら、パソコンに熱中し過ぎて時間を浪費するために、ただでさえ短い時間がとっとと進むのかも知れない。

2008年10月 6日 (月)

錯乱坊雑感 08-10-6

目で得る情報と耳で得る情報、加えて体で感じる情報がある。
私は五体不満足な体になって久しく、季節の察知能力などが鈍っていることは否めないが、加齢現象もあってか今年の夏はいつになく堪えた。
ついこの間、九月の月末だというのに猛暑日があり、会う人ごとに気候の異変を挨拶にしていたが、十月に入った途端に誰かがスイッチを切り替えたかのように秋の気温になった。
いつも夕刻の時間に電話をかけてくる知人がいて、年齢のこともあり私は「たそがれの友」と命名しているが、いつもと変らぬ時間帯なのに、いつの間にか挨拶が『こんばんは』に変っていた。何気なく聴いていたけれど、夏の明るいうちは『こんにちは』だったはずなのに、気がつけば外はすでに暗く、同じような時間帯でも、明るい暗いでいうべき言葉を判断しているのだと気付いた。
秋の日はつるべ落としというように、一気に暗くなる。夏場はたそがれどきの時間が長く、秋から冬のたそがれどきは短い。
人影を見て「誰ぞ彼どき」が転じて「たそがれどき」になったというが、暗さばかりではなく視力や聴力も減退して、いくらか仄かに暗いだけで判然としないことが多くなり、だから自分も含めてそういう世代を「たそがれた」というのかと、漠然と思う秋のたそがれどき。
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2008年10月 5日 (日)

錯乱坊雑感 08-10-5

とにかく金は魔物ゆえに、人のこころを幻惑する。
ひところ騒がれたホリエモンという青年は「金さえあれば、人間のシアワセを全部手に入れることができる」と、公言して憚らなかった。
一面は真理を突いていたのかも知れないが、手に入れる方法に無理があったらしく法の裁きを受けることになり、彼の価値観に誤りがあることを世間にしらせた。
日本の法整備に穴があり、そこを衝いて時間外取引においてニッポン放送の株の買占めをしたもので、それにより巨額の利益を上げた。天罰が当たったのか、その時に裏で巨額融資をして短期間に利益を得たのが、先日破綻したリーマンブラザーズだった。荒っぽい金儲けを平気でやる証券会社だと思って見ていたけれど、やはりあらゆる無理が祟ったものと推測される。
昔の日本人は額に汗して努力することを美徳としていたが、ホリエモン氏の例を引くまでもなく、ラクして儲けようという風潮が蔓延しているように見える。わざわざ苦労しなくても、濡れ手に粟の金儲けがあれば誰でも飛びつくのかと思うが、うまい話には必ず落とし穴があるものだと知るべきだ。
詐欺の手口はすでに報道されている通りだから説明は省くが、第一義的には騙す人が悪いに決まっているけれど、易々と騙されてサギだカラスだと騒いでいる人たちにも大きな過失がある。
レディス・アンド・ジェントルマンの略だという「L&G」というネーミングからして怪しい会社へ、五万人もの人たちが1,000億円も出資したという。荒唐無稽とも思える簡単な説明にコロッと騙される人がこれだけ多いと、詐欺師たちは味をしめて後を絶たないものと予測される。
貴方だけに教えるといううまい話なんて、あると思っている仲間の人がいるとしたら、お互いに注意を喚起したい。

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2008年10月 4日 (土)

錯乱坊雑感 08-10-4

この時期にしては早朝から気温はやや高目。雲も順次薄くなり晴れるとの予報通りになり、湿度が低いので暑くはないようだが25度ぐらいにはなりそうだとか。
今朝はそこそ眠れたからか爽快な晴天。気まぐれな秋の空にしては珍しく安定した空模様ながら、月曜日には曇り時々雨という予報。
あれこれとこの世の混乱を眺めていると、在るのか無いのか知らないことながら、あの世といういずれ行くはずの世界はどうなんだろうかと、ふと思うことがある。
ある意味で愉快で面白い方だった丹波哲郎さんが亡くなって二年になる。個人的繋がりもないことから当然だが、あれから今のところあの世とやらへ逝ったまま何の連絡も無い。
あの世とこの世は地続きだから、行ったり来たり、平素から往来しているともいっておられた。本気で信じていたわけではないが、なにしろ皆目不明のことゆえ、夢にぐらい現れるかと思っていた。
庭の隅で鳴いている秋の虫に声をかけたら、いつもとは違う声で鳴いていて、ひょっとしたら虫に生まれ変わってこの世に現れたとか…、棚に並べてある三つのコップが一つだけ入れ替わっているとか、何かサインがないかと見回してみたが、何一つ変化はない。あの世には地獄も天国もあるとはいうが、行って見てきた人は誰一人いない。
死後は無になるという説もあるけれど、それとて誰も立証はできないので、やはりあの世のことは何もかも闇の中。
まだしばらくは、生きてゆくのも少々辛いが、この世の生き地獄の中で過ごすしかない。Photo

2008年10月 3日 (金)

錯乱坊雑感 08-10-3

長野の伊那に住む知人がりんごとおやきという饅頭のようなものを送ってくれた。いつもなら林檎だけなのに、今年はブドウと土地で作ったというお茶も入っていた。
便りによれば朝夕はかなり寒くなり、もうすでにぶ厚い布団をかけて寝るようになったとか。
三十年も前に同じ病院で療養生活をしたというだけの間柄なのに、毎年決まりごとのように何かを送ってくれて、品物が有難いというよりも、忘れずにいてくれることが嬉しい。
長野へは何度か行ってはいるが、連絡をつけて家を訪問したことも無く、時折、まだ生きているということだけを手紙で教えている。
体の変形とか仔細については教えていないので、会えば驚くにちがいないが、療養当時にあちらこちらへと共に遊び歩いた思い出は、ほんの何年か前のことのように思う。
十月に入った途端に、夏の余韻をかき消すかのように涼しくなり、東京もこの三四日は着衣や寝具に迷うほどの陽気だ。
本年も残りが九十日を切り、あれよあれよの間に月日は流れて、歳月の過ぎゆく速さは一睡の夢のよう。

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2008年10月 2日 (木)

錯乱坊雑感 08-10-2

今朝は八日ぶりの快晴。昨夜は珍しく夜空を眺めたが、すっきり雲の無い空で満天の星が綺麗だった。
機械が誤差も無く作動すると確信できる絶対はない。地震国日本は、過去の地震災害に痛い目に遭っている。予知ができれば、被害も最小限に抑えることもできるわけで、画期的装置が開発され、実用化して運営されると言っていたのは二年前になる。
大きな揺れが来る前に地震の発生を知らせる「緊急地震速報」の一般提供の運用当日の未明に、神奈川県西部で震度5強の地震が発生したが、早速の威力発揮とはならずに、その後も効果的な予知はなかった。
ずっと昔から地震予知ができれば、それに合わせて対策も取れるだろうし、きっと被害も最小限に留められるという希望はあった。
なまずがやたらと騒げば地震の予兆だとか、そのほか地震雲の観測というのも民間伝承の域を出ない。いまひとつ信頼に足りるものではなく、より精度の高い観測方法を研究模索中らしい。
新聞に出ているだけの知識だが、地震の初期微動(P波)をキャッチして、主要動(S波)の数秒前から数十秒前に知らせるシスティムだという。
当時の冬柴国土交通相は「地震が揺れる前に知らせる画期的な情報。研究の成果を高く評価したい」と述べておられた。同庁の平木とおっしゃる長官は「地震災害を軽減できる画期的情報だが、今日までは遠い道のりがあった。混乱なく利用できる機は熟した。今後も周知広報に努める」という挨拶を、眉にツバをつけたとはいわないけれど、ほんとうにちゃんと動くのかと思いながら聴いた。それにしても当日の地震はもっと研究するようにと、自然界からの警鐘だったのかも知れない。
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2008年10月 1日 (水)

錯乱坊雑感 08-10-1

永井荷風さんの日記に倣い、早朝の天気模様などを書き並べて、偏奇館の庭掃除係りの過ごし方よろしく、無為な日々の雑感を記す。
遠くにあった台風15号からの影響により、雨はあがっているが曇り模様にて、午後は薄日も差すだろうとの予報。
そろそろ秋晴れが続くだろうとの予測から十月は体育の日が制定されているだけあって、運動会のシーズンでもある。
運動は一日や二日やったところで意義はなく、本当は毎日動いていることが最良のことといえる。
動こうとしても意のままに動けず、わずかになめくじが移動するほどしか動かない生活をしていたら糖尿病になった。動けないのなら食事の量を減らすしかないというのが医師の診断。なんだか流行語のようにメタボリック症候群だとか。
食事制限をというわけで、アブラッケの無いものをという言葉にさからい「アブラッケ」というのはどういう食品かと訊ねてみた。油脂の含有量が少ない食事という至極当然の返答だった。そういう食品は旨くないから、季節より先にアキが来た。
味覚の秋とか食欲の秋というのにトホホなことで残念だ。
唾液が出てきそうな食べ物のテレビの画面は見ないようにして、別の面が快適な秋になればと願っている。
Save0086

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