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2008年11月

2008年11月30日 (日)

錯乱坊雑感 08-11-30

長野県安曇野は背景の山の変化とともに、屏風の前の座敷のように広がる平野は田も森も四季の良さがそれぞれにある。こころに残る景色だ。健康なころに何度か足を運んで想い出のある常念岳あたりは、箱庭のような美しさがあって、行くたびに新鮮な感動があった。

私が幼少のころに過ごした福井の郷里は、山の高さは大人と子供ほどの開きはあるが、山を背にした全体の雰囲気は似たものを見る懐かしさでいっぱいだ。

このあたりには素朴な暮らしも残っているようで、年配の人たちと言葉を交わしていると、方言の効用も作用するせいか『人は信じていてもよい存在だ』と、安心感が湧く。

A typical farm is remaining, in the place called "AZUMINO" a lot.

The mountain of the name called the CYUOU-Alps spreads and the four seasons are beautiful to each.Photo

2008年11月29日 (土)

錯乱坊雑感 08-11-29

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2008年11月28日 (金)

錯乱坊雑感 08-11-28

ある人は「世の中は金だ、金さえあれば何でも手に入る」と言い放った。一面の真理ではあるが、言葉に出せは偽善者でなくても異論は出る。
人間は無いものねだりのところがあることはある。何を入手するにしても、財力が無ければ相手にもされないのは事実。
若い頃には私も一時期において拝金主義のような考えをもち、いろいろなことを金で解決しようと画策したこともある。
年月を経て、そこそこの年になり終着駅が見えてきた今、やっと金よりも大切な種種の存在を知るようになった。
いろいろな欲望が消えつつある今でも金銭が不必要になったわけではない。当座、身の回りの欲しい物が手に入れば、もうあとは、まとまった大金が重要不可欠のものではない、という思いに至った。
その昔、東急コンツェルンの五島慶太さんという立志伝の方が亡くなる寸前に「十億円あげるから、せめて後一週間生かしてくれ」と、医師に懇願したとか。その通りにはならなかったというエピソードだが、金持ちは必ず幸せとは限らない。
六祖慧能の言葉とおり「人間本来無一物」の存在だから、いかなる財産があるとしても、死ぬときは裸で手ぶらだ。Photo

2008年11月27日 (木)

錯乱坊雑感 08-11-27

立川にある昭和記念公園は、かなり広大な敷地なので一日にすべてを見て回るのは不可能である。案内板を見ながら、いつも二、三箇所にしぼって見る場所を決めているが、予算が沢山あるせいか少しの間にいじりまわして変貌のすごさには驚く。梅沢富美雄の化粧後のように、原型を想像できないほどに改修されていたりする。
中でも、日本庭園と表記されている場所は、池を囲むように石や樹木が配置されていて、水面に写る景色は美しい。ただ、いつも新しい岩が置かれていたりして石のレプリカかとおもうほどで、当分は苔むす雰囲気は望めそうも無い。

"SYOUWA-KINEN" the park is in the place called Tachikawa.
It thinks to the impossibility to see this big park in 1 day.'NIHON-TEIEN' is wonderful among this park. 2

2008年11月26日 (水)

錯乱坊雑感 08-11-26

ブルータスお前もか!と言いたくなる業者の不正。
肉のミンチにいろいろなものを混ぜ合わせて販売していたことがバレて、気味が悪いことをする悪質業者がいるものだと呆れていた。氷山の一角だという噂もあったが、案の定、次から次へとマグロのねぎトロにインチキのあったことがバレたという例もあった。
商売というものはボランティアではないから利益を追求するのは当然だが、バレたら不都合になるほどのインチキまでするモラルの無さは、社会奉仕のかけらもない企業といえる。
先に指弾されたインチキ社長は、いみじくもつぶやいていた。「消費者も安いものだけを求めるものだから…」と。インチキをした背景を暗に示したものだが、すり替えの言い訳で容認できるものではないけれど、安いものにはそれなりのカラクリが潜んでいることを吐露したことになる。
不正にもいろいろあって、白い恋人、赤福餅、比内地鶏は廃鶏とすり替え、吉兆が出していた産地偽装や使いまわしの品々。健康被害はないらしいが、明らかにインチキ商品だった。
ただのと言えば語弊があるが、JAS法違反のものや犯罪的要素のあるものまで一律に批判されている。健康被害の起きそうも無い品物なら、そのことを表記して安価に販売すれば歓迎する人もいる筈だ。疑うと食べるものがほんとうに無くなるご時勢だ。
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2008年11月25日 (火)

錯乱坊雑感 08-11-25

極寒の北海道は、今朝の温度が氷点下21度を記録して、11月としては平成になって新記録だとか。東京は快晴にて、窓越しの太陽で暖房は不要。
窓越しに見える景色しか知らない者が世間を語ることはできないが、日々のテレビ中継は、ほどほど適当に外部世界の気配を知ることができる。それに加えて、最近の携帯電話の撮影機能は素晴らしく、デジカメ映像に遜色がない。
友人というのは有難いもので、四季折々に見所のあらましを、リアルタイムにメールに添付して送信してくれる。まるで中継車が出向いているような錯覚に陥る。
むかし訪ねた旅先の景色が出たりすると、さほど周辺の変化が無いことを確認するだけで、テレビ桟敷ながら、もう一度旅をしている気分だ。空想に近い旅では臨場感はないが、今の肉体的条件では本当の旅はかなりの困難が伴う。情報を知るだけなら金もかからずにいくらかは楽しめるが、むなしいことは虚しい。
できるならもう一度くらいは一二泊でよいから、温泉旅行を実現したいが、いまとなっては夢のまた夢か。


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2008年11月24日 (月)

錯乱坊雑感 08-11-24

競馬は紛れも無くギャンブルである。
歴然たる実力に差があれば別だが、馬や騎手のその日の調子などによっても結果が左右されて予想は簡単ではない。大方の人が一着になるのではないかと予想する馬を『本命』と呼ぶが、その本命が結果として一着になる確率も二割ぐらいのもので、展開のアヤみたいなものであっさりと負けることがあり、大金をドンと賭けるほどの全幅の信頼は無理。
宝くじよりは確率が高いとはいえ、馬券で大当たりして家を建てたという話は聞いたことが無い。当てた人はこっそり黙っているだろうから、こちらが知らないだけかも知れないが、普通の馬券を愉しむという人は、何千円のものが何万円になったという程度のもの。
長い間、馬券を買うなど競馬と付き合ってきての哲学的結論は、馬券は買わなければ外れて損をすることは無い。ファミリーレストランで軽食を頼む費用程度のものを時には投資して、当たれば何万円かに化ける可能性の有る馬券でも買ってテレビ桟敷で観戦するのが何よりである。

The horse race is the high gambling of a risk.
Even if I lose the quantity of the degree that is not precious for it it should invest.

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2008年11月23日 (日)

錯乱坊雑感 08-11-23

勤労感謝の日。すでに過去のことながらタウンミーティング゛の詳細を聞くと、最初から自作自演のシナリオもあり、これに要した費用も不明朗なことが民主党の追及で明らかになった。
湯水のごとく公金を使って世論誘導をして、最重要法案を会期内で成立させようという考えだったようだ。法案を通すことだけに眼目があったのか、もう少し深く議論して、今後の日本の根幹を成す人づくりの基本を作る必要があったと思うが、巨費を投じて実行した割りに成果は乏しい。
そういう中にあって、スポーツ振興については一定の成果もあるとか。スポーツはいろいろな場面で喜怒哀楽を見せてくれて、ひとつのドラマとして民衆を愉しませる。
文科省のミーティングにどうリンク(関連)しているのか競馬は農林水産省の管轄で、他の産業に比べれば利益が大きいのか、競馬場などの改修工事には潤沢な資金が注がれている。やはりディープインパクトのようなスターホースが出現すると隆盛になることは疑いない。
省壁を乗り越えて、最近の高校野球には元プロ野球選手が指導者として加わっていて、一定の成果を挙げているという。

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2008年11月22日 (土)

錯乱坊雑感 08-11-22

日付の語呂合わせから11.22は、イイフウフの日だとか。暦の二十四節気の小雪にて、東北以北や日本海側では雪便りもあり、今年は暦通りの天候だが、西高東低の気圧配置は関東に晴天をもたらすことが多い。
今はもう予約してまでレストランへ足を向けることもないので、語るほどの情報もないから流行の言葉で言えば「なんも言えねぇ」ということだが、フランスで有名な味の評価の目安ミシュランガイドブックの東京版が発行され、ひとつ星からみっつ星まで合わせて、星獲得は本場パリを追い越して多さで東京が世界一だとか。
ミシュランはフランスのタイヤメーカーだが、風が吹くと桶屋が儲かるという論法で、良いレストランを紹介すれば家族で足しげく通うようになり、その結果、利用する車のタイヤが磨耗してタイヤがよく売れるというアイディアが起源らしい。
予め覆面調査員が当該レストランに出向いて、第一に味付け、加えて雰囲気や店員の対応など、それらを総合して星を与えるというやり方で、星が多ければそれだけ美味な料理が提供される信用保証のようなものである。歴史を重ねて今では料理のステータスとして広く認知されているが、東京はさまざまに有望なマーケットだという思惑もちらつく。
価値観が多様化したとはいえ先ごろのボジョレヌーボーとともに、もともとフランス文化を有難がる傾向があり、ファッションなども、ひところはプレタポルテとかオートクチュールなどを格別視しており、その他ブランド物や香水などもフランス製が圧倒的人気を博していた。
もう何年も接していないが、ゲラン社のタブーとかミツコの匂いがすると、銀座ホステスさんの香りだなと今では懐かしい。
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2008年11月21日 (金)

錯乱坊雑感 08-11-21

Photo 日没が早くなり、夕刻の五時を回れば漆黒の闇になる。いくらか天気の良い日だったので部屋のカーテンを閉めずにいた。
滅多に眺めない空を見たら、南の方向三十度ほどに女性の眉のような三日月が目に入った。
部屋に居ながら月を眺めるには、庇の下でなければ見られない。地球の陰になっている欠けている部分もうっすらと目視できて、少しずつ蓄積した宇宙の知識に、子供の頃のような神秘性を感じなくなっている。
お月さんで餅つきをしているなどという神話は、今の幼稚園児に話してもバカにされるだけで、童心さえも怪しくなってしまった。
昭和44年には月に人間が到達して、その画面がリアルタイムに宇宙中継をされ、現実感の無いままアポロの動向を眺めた記憶がある。その後、人類が月に到達をしたことがない。
まさかとは思うが、うわさに、ネバダ砂漠のそれらしい場所で撮影したヤラセではないのかという疑念は、未だかすかに残っている。ウソか本当か、この噂のほうにロマンを感じてしまう。

2008年11月20日 (木)

錯乱坊雑感 08-11-20

北海道はすでに積雪もあるというが、本州も日本海側では雪だったようで、気候は冬モードになった。

縁起物のクマ手に飾りを付けたものを酉の日に売るという『お酉様』が、今年は三の酉まである。

偶然か迷信か三の酉まである年は火事が多いという。

いまのところ報じられるような火災も無く、なんとなく三の酉ももうすぐ終り、これが過ぎると本格的な冬の到来で師走になる。

年の瀬を目前に御酉様でクマ手を求めたのも三十五年前に途絶えた。縁起物でもあるし、際物として売る人への思いもこめて奮発したほうがいいと教えてくれた粋な姉御も、健在ならば古希を迎えるはず。

昔を思い出し、いまどんな人生を送っているかと、ふと思う。Photo

2008年11月19日 (水)

錯乱坊雑感 08-11-19

今朝の気温は今季最低温度だったとか。地方では初雪も舞ったというから冬の入り口にさしかかった。
テレビの天気予報を見るにつけて、北海道はすでに牡丹雪の舞う天候の日もあり、テレビの画面で眺めているだけでも、長く厳しい冬の到来を予感させて身震いする。
住めばどこでも都とはいうものの、冬でも関東の天気は温かく晴れる日が多く、車椅子生活にはこのうえない。軟弱な身体になってから特に寒い季節が苦手になり、この温かさはなによりのことで助かる。
温暖化が心配されている昨今ゆえに、その点で考えれば、それなりの時期には適当に寒く厳しい冬も歓迎されることかとは思う。日々の気候のことぐらいで一喜一憂をしていられないけれど、流行語のひとつにも挙げられているゲリラ豪雨や季節の変化が激しいのも温暖化の一端を表わしているものと推測される。
四季折々をそれなりの季節感で過ごすとしても、常に温暖化への配慮は要る。
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2008年11月18日 (火)

錯乱坊雑感 08-11-18

流行語大賞を選ぶ時期になった。候補がテレビの番組で羅列されていたが、昨年のことさえ忘れかけている。
思い返せば空気読めないというのを若者はKY(ケーワイ)というのもあったが、公の席でプッツンなどと表現した小沢さんや、その先に辞めればいい時期に続けて、このタイミングじゃまずいと思う時期に辞任した安倍前首相がKYの代表例だという評判だった。見えないものを読むという意味において「空気を読む」という形容は、なんだか言い得て妙で面白い。その場の雰囲気を察知したり、状況を的確に把握して相応の対応をする能力のことをいう。
健康に問題が発生したとはいえ、大勢の経済使節団を引き連れてインドへ行き、将来の経済協力を約束したり、テロ特措法の延長をブッシュさんと約束して、職を賭して国際公約を履行するとまで述べていた安倍前首相が、普通なら考えられない時期に突然辞任した。そして、その後釜に座った福田さんもつむじ風のように去って麻生さんへと引き継がれた。
わけの分からない内閣継承は、国家的視点でいえば大災害が起きたほどの損害になった。政局より政策との発言はうさんくさい。
安倍さんも福田さんもまずい時期の辞任。結果から分析すれば俗にいう「空気が読めない人」だったといえる。どんな職業でも責任の重圧がかかる人にはストレスがあることは想像に難くない。先頭に立つような人には、四面楚歌の状況に陥っても、確固たる信念と胆力のある人でなければ勤まらない。それが無理な人は立候補しないことが国民のためでもある。
麻生首相も漢字が読めない人のようだが、せめて庶民が希望している「こころ」を忖度してもらいたいものだ。ソンタクをフタクなんて読まれたら意味が通じない。
S

2008年11月17日 (月)

錯乱坊雑感 08-11-17

昨日のプロゴルフは、女子「伊藤園」は古閑美帆、男子「太平洋」は片山晋吾が優勝したが、競った試合にて面白かった。特に、石川遼選手の成長は著しく栴檀(せんだん)は双葉より芳しいものだ。
たまに当てたぐらいで鬼の首でも取ったようには言えないが、競馬のエリザベス女王杯は、久々に単勝も馬複も馬単も的中。いまひとつ自信が足りずに三連単は買わなかったが…逃がした魚は大きく惜しかった。
今日は二の酉、鷲(おおとり)神社は賑わうことだろうが、御酉様の時期はおでん屋さんが恋しいほど寒かった想い出しかない。
曇っていた昨日も天候がよくない割りに気温は高目だったが、今日は晴れて直射日光が暑いほど。夜には冷えるかも知れないけれど近年はやはり温かく、気分的に御酉様はどうなんだろうか。
平地は全国的に紅葉の時期が遅れているらしいが、京都まで旅をしてきたと言う麻布のNちゃんから電話があり、ちょうど良い紅葉狩りが出来たと喜んでいた。
あれこれ土産を買ってきたので六種類の中から選べと、面倒なことを言うので、折角だがどれも要らないと返答した。置物ならすぐにゴミになるし、食べ物には制限があることを話したが、どうしてもどれかを選べというから適当に三番目のやつでいいよと応えた。
なんだか張り合いが無いわねと、いかにもがっかりしたような声が可愛かったが、三番目というのは何だったのか、届くまでわからない。
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2008年11月15日 (土)

錯乱坊雑感 08-11-15

若くもないから若い人達ともコミュニケーションが成立するようにと、「若者語辞典」というのをパラパラと見て面白いと思った。
「きよぶたする」「パーペキ」というのが出ていた。当時はひとつ覚えのように使われていたが、近頃はさっぱり耳にしなくなった。清水の舞台から飛び降りるつもりで、思い切って物事を行うことを「きよぶたする」という。「パーフェクト」と「完璧」が混じったもので、意味は完璧の強調。
広辞苑には「オタク」や「キレル」のように、若者が発信元となって広く一般にも定着した例もある。若者言葉の多くは若者が作り出し、それを周りの若者たちが使ったときに認められるらしいが、昔からの言葉でも、その使い方が若者独特であれば若者言葉という。
例えば「えぐい」は、本来「あくの強い味や感じ」「気が強い」という意味だが、若者たちは「最悪」「気持ち悪い」「えげつない」などの意味で使う。
すでに一般社会でも通用する言葉に「ドタキャン」とか、何気なくというべきところを短縮して「なにげに」などというのも聞く。
いつだったかの記者会見において民主党党首の小沢さんまでが「プッツン」などと言って話題にもなったが、若者語はひとつの仲間意識で言うならいいが、そこそこの大人が公の場で使うのには違和感が漂う。
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2008年11月14日 (金)

錯乱坊雑感 08-11-14

今に始まったわけではないが、世の中全体のモラル低下は、かつてのアメリカの貧困層を凌ぐのではないかと懸念される。
今年の夏に富士山へ登山した人が、戻ってきて開口一番嘆いていた。登山道のあちらこちらに家電ごみや粗大ゴミが散乱して捨ててあり、こんな山の中までゴミで埋まっているのはどうしてかと、不思議にさえ思ったという。
富士山全体で二千箇所に及び、予防策も見当たらず、今のところ個人の良識に期待するしかないらしい。高度経済成長で人間の良心みたいなものが失われ、社会の常識そのものが大きく変化してしまった。日本人は公徳心のある誇り高い民族だというのも、今は胸を張っていえない。
まだ耳新しい食品の消費期限の改ざんなども、いずれもが確信犯のようにさえ見える。客への奉仕という精神が欠落して、儲かることなら誤魔化してしまえという安直な商人根性が顕になり、人々の良心みたいなものが消えつつあることは怖い世の中である。
前々首相の安倍さんが力説していた美しい国というのは抽象的表現で鼻白む思いで聞いていたけれど、人間が本来宿しているはずの良心を思い起こして実際的に美しい国土保全のために、本来だれの指摘を受けなくてもゴミぐらいは一掃を考えてもらいたい。

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2008年11月13日 (木)

錯乱坊雑感 08-11-13

晩秋から冬季にかけて、晴天の日は空の色で気温の高低がわかり、冷えた日は鮮やかな青になる。
今日の東京は六日ぶりの快晴になって、昨日までの寒さがうそのように
ガラス越しの日差しは暑いほどだが、そろそろ木枯らしが吹きそうな時期だから日陰の風は冷たい。
枯葉散る夕暮れは来る日の寒さを物語り・・・という歌詞の一節は光景を彷彿させて、晩秋のBGMとしてはなかなかいい。
秋は夜長とはいえ、このごろは読書もさっぱりダメになり、簡便に読める方法を考えないと、脳の動きも肉体同様に麻痺しそうな気もする。
藤沢周平の未発表の本が出版されたと聞いて興味が湧いたが、活字の大きな本が少ないので、これも知人に下見してもらい感想を聞こうと思う。
老眼鏡も視力の低下と共に買いましているうち七個もたまったが、結局は最近求めた倍率の高いものしか役に立たない。
熟読ではなくつんどく(ただ積み重ねて置くだけ)という、購入はしたけれど未読の本が三冊もある。目次と帯は見たものの、どれも活字が小さく閉口している。高齢化社会なんだから年配者用として活字の大きい別冊を出版してもらいたいほどだ。
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2008年11月12日 (水)

錯乱坊雑感 08-11-12

ガラス越しの日差しは温かく、晩秋や冬の太陽の有難さを思う。
毎日見ている天気予報によれば、北の大地は平野部においても積雪だとか。寒いといったところで都会の冬は、雪国の生活から考えると天国のようなもの。

特に今年は九月までは平年よりも気温は高かった。気象が荒れているのも温暖化のせいだというのが大方の意見だが、日本だけとか個人だけが何とかしようと考えても無理な課題である。

喉元すぎれば忘れがちになる環境への配慮だが、みんなで贅沢な暮らしを一歩二歩後退させる覚悟でないと、この流れを替えることはできない。

贅沢は敵だと言っていたのは物が不足していた時代だった。不況の声も耳にする昨今。贅沢やムダを慎み、いまいちど清貧の思想でも思い起こして暮らしたい。
贅沢は素的だけれど、ほどほどの自制が大切と思うが、一度味わった良さを凡人は棄てられないのも事実だ。Photo

2008年11月11日 (火)

錯乱坊雑感 08-11-11

ガラス越しの日差しは温かく、晩秋や冬の太陽の有難さを思う。
毎日見ている天気予報によれば、北の大地は平野部においても積雪だとか。寒いといったところで都会の冬は、雪国の生活から考えると天国のようなもの。

特に今年は九月までは平年よりも気温は高かった。気象が荒れているのも温暖化のせいだというのが大方の意見だが、日本だけとか個人だけが何とかしようと考えても無理な課題である。

喉元すぎれば忘れがちになる環境への配慮だが、みんなで贅沢な暮らしを一歩二歩後退させる覚悟でないと、この流れを替えることはできない。

贅沢は敵だと言っていたのは物が不足していた時代だった。不況の声も耳にする昨今。贅沢やムダを慎み、いまいちど清貧の思想でも思い起こして暮らしたい。
贅沢は素的だけれど、ほどほどの自制が大切と思うが、一度味わった良さを凡人は棄てられないのも事実だ。
Sl

2008年11月10日 (月)

錯乱坊雑感 08-11-10

浜辺で「なまこ」や「うに」を見ると、昔の人はこういうグロテスクなものをよくぞ食べ物にしようと見定め、最初に噛み砕き飲み込んだそのことを不思議に思ったものである。
時代劇などを見るとお殿様は、必ず毒見係りを置き、食べて安全かどうかを確かめて食していたようで、山田洋次監督作品の『武士の一分』の主人公はそういう係りという設定だった。封建制度時代のなんとも痛ましい役割だが、主君を守る手段として仕方がなかったのかと推測される。
文明社会の現代にはそういう緊張は無縁といいたいが、昨今の食料事情の様子を知るにつけ、芯から健康を憂う人なら個人的にも安心感を得る手段を欲して居るかも知れない。
豊かな国に生まれて良かったと思っていたが、だんだんに政治や経済の方向に狂いが生じているように感じる。
安心して物が食べられ、安心して子が産め、安心して老後を過ごせる…。この安心があってこそ豊かといえるけれど、その土台が怪しくなってきたようだ。
Aka

2008年11月 9日 (日)

錯乱坊雑感 08-11-9

暦の上では立冬も過ぎて、そろそろ季節の移行時期でもある。里の紅葉は始まったばかりで木枯らしが吹くまでには間がありそうな気配だが、今日の東京は12月の気温というから寒い。
ひところほどのバカ騒ぎではなくなったがボジョレーヌーボーの解禁日が近くなり、フランスから成田に着く予定と報じていた。このところのユーロ安で、昨年よりも二割ほど手軽だと宣伝されている。
葡萄酒といえば「赤玉ポートワイン」しか知らなかった頃、知人からイタリア産のキャンティ・ワインをもらい、美しい容器なのできっと高級なモノだと思いサイドボードの飾りとして二年ほど置いていた。長く置くならワインセラーに入れることも、瓶に詰めただけの新酒は早めに飲むに限ることも知らなかった。
螺旋状の栓抜きの扱いも慣れておらずキルクは抜けにくく、屑になったかけらを漉して呑んだがまずいので捨てたのが最初のワイン出会い。後に高価だというロマネコンティやドンペリも試飲したけれど、二千円ほどのワインと高級品との差がどう違うのか、さっぱり分らなかった。
付け足しにポリフェノールという体に良いものを含有しているとも言うが、一本や二本飲んだところで効くというものでもないのに、先を競ってまでなにがボジョレーだと思う。ワイン呑むなら山梨県の勝沼ヌーボーでもことは足りるが、どんなものだろうか。Photo

2008年11月 8日 (土)

錯乱坊雑感 08-11-8

暦の上では、きのうから冬。立冬に合わせたわけでもあるまいが、そこそこ肌寒い。とはいえ、秋が去って冬にチェンジしたわけではなく、季節の踊り場のような、食欲、芸術、読書などなど、秋たけなわ。
住居近くの街路樹を眺めても、紅葉はまだ途上。あたかも時候の変化、ときの流れを一身で表現したような樹木は、一本の木が、まだ青い葉とすでに黄色みがかった葉、さらにもっと赤みを増した葉をいっぺんに表現している。
道聴塗説のような知ったかぶりながら、この時季、葉を緑に見せている色素のクロロフィルが壊され始めて、カロチノイドやアントシアンなる色素が表に出てくることで、黄色や赤色になるそうだが、理屈はとにかくとして冬が来る前の表情を味わいたい。
人それぞれに感じ方に違いがあるものとは思うが、緑や黄色または赤色では受ける印象も変わり、八ヶ岳あたりの白樺林は目が染まるほどの黄色で、京都の仁和寺境内のカエデは紅色が見事に、いずれもが鮮やかで美しい。
色のイメージというのは不思議な力があるようで、誰が言ったか赤色の着衣を勝負服と語っていたことを思い出す。
昨今の経済情勢は、青から黄色、さらに赤色へと、いくらか不気味な気もするけれど、勝負服の色に変わっただけと無理にでも思えば、じたばたせずに成り行きを静かに眺める沈着さが肝要かもしれない。
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2008年11月 7日 (金)

錯乱坊雑感 08-11-7

近年にわかにそうなったわけのものではなく、少子高齢化傾向はずっと前からの社会現象ながら、これという有効な対策は立てられておらず、多方面にさまざまな歪みを生んでいる。
北陸の田舎には友人知人が住んでいるので、ときにいろいろな問題点を聞くことがあり、ことのほか深刻な一面をいかに解決するのか、いまのところ政治家も行政も本気で取り組んでいる気配がない。
家族や親戚、あるいは所縁の人たちのレベルでも解決の糸口を検討すべき問題ながら、社会の取り組みとしても方策が要りそうに思う。
全国に過疎地はどこにでも散在するが、集落の機能が低下してゆく過程はどこも類似しており、徐々に深刻化している様子がわかる。
初期段階では「もう、畑仕事はしんどくてね」とか「寄り合いの回数を減らさないかね」というのがその兆候という。さらに中期においては、人口、世帯数が減り、集落機能が急激かつ全面的に衰えて「地域清掃は延期しますか」とか「夏や秋の祭りもできませんね…」とう具合らしい。
もう末期的状況とは、高齢者が数人程度の人口になり、共同作業は消滅して個人の生活にも不安が生じて、そういう状況を『限界集落』と呼ぶのだとか。
年寄りと猫は家に付くという俗説どおり、年配者は新しいところへ移転するのを嫌うという問題はある。それでも統合移転なども考える時期にきている。所縁の人たちの話を聞くにつけても、収入の格差のみならず、生活全般にわたり地域福祉という観点でも対策を講ずるべき大きな問題点だと思う。
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2008年11月 6日 (木)

錯乱坊雑感 08-11-6

俗に、政界の一寸先は闇などという。政界に限らず人生そのものも、正確に言えば明日のことを知らずに生きており、予期したとおりに運ばないことがある。だから何が起きても驚くことは無いが、米国大統領候補選びの段階で民主党のヒラリーさんが勝ち進むと予想していたが外れた。
よその国のこととはいえ、米国の歴史の断面から推測すれば黒人を選ぶはずはないとおもっていた。決定した今も意外な選択のように思う。
ブッシュさんの失政に嫌気が差してChangeしたいとの追い風があり、地すべり的勝利と歓喜に沸いているが、ムードは別として株式市況は芳しくなく、政権運営の前途はかなり困難だろうと予想される。明日は明日の風が吹くというわけで、明日にはどんなことになるのか…。

札幌の知人からのメールによれば、すでにストーブと炬燵が欠かせない時期になったとか。やはり北の冬は早い。東京の日中は二十度以上はあり、ガラス越しの太陽が暑い。それでも夜明け前は肩が寒くなり、無意識に布団を引き寄せている。この時期から一月までは天気図でいえば西高東低で、関東地区はようやく晴れの日が続くことが多い。

日本列島は北から南に長く、沖縄では日差しが強かったと、旅から帰った人は話していた。本州の紅葉便りは12月の初旬まで。場所を選べば目の保養に長く愉しめる。
霜月師走を部屋で過ごすのは勿体無いが、相変わらず肩痛が治らず、当分われは辛抱するしかない。
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2008年11月 5日 (水)

錯乱坊雑感 08-11-5

他国のことながら、今後とも日本に少なからず影響を与えることが確実な米国。お祭りでもやっているかの如き大統領選挙の結果が、こちらの時間の昼から夕方までに確定する運びのようだ。
日本の選挙においても出口調査とやらで、早いときは開票開始一時間ほどで当確が出たりする。
米国では、選挙前に調査機関会社のギャラップ社というところが「オバマ氏が当選確実」と発表している。ということは、ほぼそういうことかと思うが、依然として人種差別が解消しているとはいえない環境下で、予想通りの黒人大統領を選出したとあれば、まさに文字通りの大きな変革といえる。
選挙運動中に「Change we need ! =直訳すれば、我々が必要とする変革」というアピールの一歩を実現するわけで、日本としても何かが変化することを期待できそうにも思う。
早期から福井県の小浜市においては、主張とか論旨に共鳴したわけでもなさそうだが、多分「オバマ」という語呂に反応してのことだろうと推測されるけれど、かなり熱心にエールを送っていた。
オバマ氏も小浜市に対して感謝状を出すなどの好印象はあったはずだから、将来、ひょっとして来日の折は相当の交流が展開されるものと予測される。

アメリカは驚くような意外な選択をした。
新大統領になった「オバマ氏」は大胆な手法で米国に変革をもたらすであろう。

U.S.A. did unexpected choice surprised at.
"Mr. who became the new President OBAMA" will bring U.S.A. a change dynamically.
ニューヨーク・タイムズやワシントンポストの明日の朝刊には、こういうフレーズが掲載されるものと思う。
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2008年11月 4日 (火)

錯乱坊雑感 08-11-4

今日は昨日の文化の日よりも晴れて小春日和になった。日本に少なからず影響を与えそうな米大統領がこちらの時間で明日の昼には決定しそうだが、調査機関のギャラップ社の事前Photo 発表によれば九割方の確率でオバマ氏という。マイノリティ(少数派)のアフリカ系の人物が選ばれるとあれば、さらにアフリカにも目が向くに相違ない。
過去にかの地のから得た教訓の「もったいない」についての考察。

母譲りの貧乏性のひとつに、日々配達の新聞に挟まれている折込広告の裏面が白いとメモにしていた。A4版より大きいものは画用紙の代わりにして、この日記にUPしている絵の半分はそれらの紙を利用したもので、なかには裏写りしているものもある。

金儲けのために食品の賞味期限の改ざんをしてけしからんというのは、ごもっともな話ではある。真実を偽ることは糾弾されてしかるべきだが、幸いにして健康被害は出ていない。もしも違反の各企業に「食べられるのに捨てるのは勿体無い」という思いもあったとすれば、ほんのかけらだが同情する。
JAS規格に、もう一ランク付け加えて「××日を過ぎたら健康被害があるかも知れません。個人の責任において判断してください」というシールを貼って、奉仕価格で売れたら、それでもよいという人が世の中には居ると思う。

こんなに厳格なことを言わなかった時代は個々に注意していたと思われるし、安全性が担保されるのは良いことだが、個人的なことを告白すれば、冷蔵庫の中で期限切れになった食品でも少しなら食べて、滅多には捨てない。犬猫は賞味期限の表記など読まない。人間も表記に頼らず動物的感覚をいくらか磨く必要もある。

2008年11月 3日 (月)

錯乱坊雑感 08-11-3

Photo 今日は文化の日。統計によれば晴れの特異日とされているが、東京の午前中は雲が多い。
戦後間もなくは食料事情が悪く、ヒモジイ思いをした人が少なくなかったと聞いた。我が家は農家ではないが農村に住んでいたために、幼少のころも食べ物には恵まれ「おかげさま」という状態で過ごし、たぶん幸運な環境だったと思う。しかし、食べ物は粗末にするなとか、物は大切に使いなさいと厳しく躾けられた。
子供の頃の習慣や教えというものは芯から身に付き、友人と食事に行っても「もったいない」という感覚から残せないことが習い性となり、そういう様子が貧乏性だと笑われたこともある。そういう暮らしを続けていたせいもあり、今は腹の横のポニョがメタボ気味と指摘されている。
アフリカ・ケニアの環境大臣だったマアタイさんが日本の「もったいない」という言葉に感銘を受けて、この言葉とその精神を世界に広めたいと、一時話題になった。
今はなんでも豊かになり、食べ物が口に合わなければすぐに残飯になる。物品にしても修理しないで使い捨てにするという、かなり勿体無い使い方が多い。
マアタイさんに言われるまでもなく、食料自給率が五割にも満たない国で、しかも経済危機が深刻といわれている昨今。もったいないという精神と清貧の思想を甦らせたいものだ。

2008年11月 2日 (日)

錯乱坊雑感 08-11-2

例年ならそろそろ里の落葉樹の葉も色を変え始めるはずだが、今年は未だ山の中腹あたりで紅葉前線はゆっくりしている。年賀状の売り出しという声を耳にすると、まだ二ヶ月あるとはいえ気分ははやり、もう年末がアッと思う間だろうなと連想するのも例年とおり。
定番を先取りしてニュースの総決算には、きっとこれが加わるだろうという出来事が、次から次へと実に多い。来年のエトの鳴き声みたいに、もう後が無いとかもう大変なことになったと「モウ」を連呼しているように聴こえる。
麻生総理が解散を先送りする理由に、もうすでに待ったしの局面にある。政局よりも政策を優先させると見栄を切り世界的金融危機を回避すべく、政治的空白を作らないのだと臨時の記者会見で述べていた。確かに納得する人がいるかもしれないが、民主党やその支持者は湯気を立てんばかりに怒って、この問題以外も徹底審議しようという。そうなれば政府与党は困るというが、国民のためにはよいことである。
以前から決まっていた流れだが、米国の大統領改選はすぐのことで、選挙中のあらゆる出来事は現在の政権が遂行する。米国に出来て日本に出来ない理由がいまひとつ解らない。
犬が人間に噛み付いたとしてもニュースにはならないが、人間が犬に噛み付いたとなればニュースになり、ときにメディアは、針小棒大に言う。尾が付きヒレが付く場合もある。報道手段も多様で事実誤認も起き易く、報される側もアンテナを高くして正確に理解する能力を身につける必要はある。
麻生さんを支持しているわけではないが、国会での質問にインスタントラーメンの値段を訊ねられて「400円ほどするのかなぁ」なんて応じていたが、こんなことを鬼の首でも取ったかのように言うのもナンセンスなことで、所詮、スーパー視察はパフォーマンスと報じていたばかりだ。
特に週刊誌やスポーツ紙の紙面などはインパクトのある文字が並び、たまたま興味を引かれて読んでみると、それほど特異なケースではなく、覗き趣味を満たすだけのことで、メディアの性質も出る。娯楽だからどうだってよいことながら、スポーツ紙などはどれとして自分の生活に寄与するものではないのは仕方が無い。

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2008年11月 1日 (土)

錯乱坊雑感 08-11-1

今日から霜月。里の紅葉は遅れるとの予報があるけれど、冬への序奏が始まる。微風快晴にて、この三連休は好天にめぐまれそうという予報。
まだ木枯し一号は吹いていないが、日暮れは早くなり五時を過ぎればつるべ落としの桶がアッと思う間に見えなくなる様に似ている。
『秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる』
江戸以来の風物詩である酉の市もそろそろ、今年は一の酉が11月5日で
17日と29日に続く三の酉。俗に、三の酉がある年は火事が多いという説があり、一層の用心をという戒めもある。
御酉様の発祥は足立区のおおとり神社とされるが、やはり有名なのは浅草千束の鷲神社だ。市の日は縁起物の熊手を売る露店が立ち並び、威勢のよい売り声が雑踏にこだまする「さあさあ商売繁盛、縁起物だよ」と。
熊手は「開運招福」をかっ込むといわれ、おかめや小判で飾った豪華物から小物までいろいろ。客との値段のやりとりも恒例の風景で、折り合えば双方がめでたく手締めとなり、寒空に手を叩く音が響く。
樋口一葉「たけくらべ」には『鷲神社のにぎわいすさまじく』と、明治の浅草風景を記している。俳人高浜虚子も『何やらがもげて悲しき熊手哉』
不況の年こそ熊手が売れるという言い伝えがある。世界的金融不安ということから消去法で円高を招き、輸出国日本は不況に突入しつつある。
政府のバラマキ策よりも効果的に景気が好転するように、熊手のご利益にすがる人たちが、例年よりもひょっとして多いかもしれない。
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