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2008年12月

2008年12月31日 (水)

錯乱坊雑感 31-Dec-2008

今年も今日で終るおおつごもりだが、一般的にはおおみそか。いろいろあった一年だけれど、夏頃の原油高で騒ぎ出し、以後にリーマンショックとやらが引き金になって、百年に一度というほどの世界中同時の金融危機が起きた。
日本の東証株価は年初14,000円のものが8,800円に下がり、42%の下落率は歴史的な記録だとか。米国が震源地であるはずの出来事なのに、日本の株価下落率が世界一なのはなんとも解せない。
小泉政権の時代に催眠術にかかったごとく与党に圧倒的な力を与えたのは国民だが、民主党もいつか政権を執るのだと豪語するなら、国民を引き寄せる対案を提示して存在感を示してもらいたいと思う。
自民党は相変わらず官僚への遠慮みたいなものもあり、天下りの制限さえできていないし、未だに随意契約という談合もどきの手法なども横行している。
素朴に思うことは、そもそも天下りという言葉自体が前時代的であり、民間が官庁のエリートコースを歩いてきた人を何故に再雇用するかといえば、自動的に仕事が取れる可能性があるから、高い賃金で雇用しても採算が合うと睨んでのことである。
退職した官僚たちにも生活権はあるけれど、過去に権限を行使した企業へ就職すれば、その先にあるものは誰でも想像できる。
新年には必ずあるはずの選挙で国民の付託があったならばだが、そういう温床にならない方策を、今度こそ民主党は積極的に示すべき時だろうと思う大晦日。陳腐ながらも、良い新年をお迎えください。Photo

2008年12月30日 (火)

錯乱坊雑感 30-Dec-2008

思えばずっと昔、昭和三十年代に電気釜が全国に普及した。
それまではどこの家でも、カマドでご飯を炊いていた。暮らしの基本は戦後十年以上を経ていても江戸時代と変わっていないような状態だった。
そういう意味では、電気釜の発明は画期的に人々の生活を変えたといっても過言ではない。
台所は土間にあり、そこにカマドがしつらえてあった。
早朝、朝食の支度をする母親のそばで、カマドの火をじっと見つめていて飽きなかった。
ご飯が炊き上がると、必ずできるおこげで母親はおむすびを作ってくれた。それが欲しくて早朝の台所にいたのかとも思う。炊き上がって蓋を取ったときの湯気とあの香りは、まさに至福の時だった。
やがて電気釜がカマドを駆逐し、土間もダイニングキッチンになった。電気釜でも炊きたての香りはあるが、やはりカマドの薪で炊き上げたものとは違う。
土間では賑やかに年末の餅つきを連想する。いまは土間もなく前庭で餅つきをするらしく、餅がご馳走という観念もほとんど無いとか。今年も後一日…。Photo

2008年12月29日 (月)

錯乱坊雑感 29-Dec-2008

あと一問正解すれば、賞金一千万円は貴方のものです。さあ、挑戦しますか?
知る人ぞ知るクイズ・ミリオネアだが、司会のみのもんたさんが解答者をいたぶるように間をもたせて、難しい決断を迫るという見せ場である。
挑んで不正解でもかなり少額に減るけれど百万円をもらえるが、止めれば直前の獲得額は手に入るというルール。
人それぞれに考え方が違うところではあるけれど、最後の問題を残してすでに750万円を獲得しており、出てみなければ内容は不明ながら、さすがに最終問題となれば簡単ではないはず。
結局、解答者が挑戦を回避すると、評拍子抜けの一方で、いくらかホッとする。それは、いわば「ほどほど」で止めて置くと言う態度である。
最近の日本の経済活動をみていて、しみじみ思うが、企業活動の際限の無い販売拡張には疑問を感じる。
人間がいくらタイムを出す努力をしたところで、42.195キロのマラソンを一時間で争覇することは無理なのと同様に、永遠の成長などは不可能なこと。ならば、いずれ「ほどほど」を学ぶしかない。50

2008年12月28日 (日)

錯乱坊雑感 28-Dec-2008

冬になると東京は、いわゆる冬型の気圧配置になる晴天は、なんと過ごし易い陽気が続くのかと、寒い地域の苦労も知らず気分が浮かれる。
過ごし易いからこそ人口が過密になるのだろうが、地方から続々と人が多目的に押し寄せ、都会は過密になるばかりだ。その一方で、途中で絶望するのか諦めるかで、そういう喧騒の中を嫌ってUターンする人もいる。
北海道に住む知り合いは「こっちは一年の半分が冬だ」と実生活面の困難さを嘆く。
厳寒の地へたまに旅行で行くぶんにはいいが、そういう場所に住むには相当の覚悟が要るのではないかと推測。そう思う反面、住めば都という言葉があるくらいで、逆に都会の雑踏には住む気になれないという。過酷な辛さもあると洩らしながらも自然の良さもあるからか、よく訊けば嘆いているのはポーズだけだった。
それにしても、今年は北海道も雪は少なめと聞いていたが、このたびの寒波で降雪も相当らしい。
暦の巡り合わせですでに仕事収めを済ませた人もいる。来年こそはと、いつも年末は同じ感慨に浸る。
近頃は病的ではないとおぼろげに思うが、人の名前や出会った頃の年号などが曖昧になり、いくらかなりとも健忘症が進んでいるようにも思う。
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2008年12月27日 (土)

錯乱坊雑感 27-Dec-2008

いままで雪が無くて困ったという地域に、昨日は一気に大雪が降り、恵みの雪だとほくほく顔のインタビューが映っていた。

のん兵衛ではなくても忘年会や新年会と飲む機会の多い時期ではある。
今年は飲酒運転の厳罰化で検挙者が激減しているというが、それでも6万人以上の違反者がいるとか。
外国へ駐在した経験をもつ知人の話によれば、外国では千鳥足で街を歩けば麻薬中毒者と間違えられて取調べを受けるか、強盗に狙われるらしい。
まあ、なんだかんだと言ってはいても飲んで歩くほどの余裕はある。そこそこ生活が豊かになり、多くの人は生活必需品の殆どを所有して、新たな需要を掘り起こすのが容易ではないという業者の声も聞く。
贅沢をしようと思えば、欲しいものが無いわけではないが、当座生活するのに必要なものはひととおりそろっている家庭が多いのは確かで、最近は生活の質の向上を求める傾向にあるという。
この年末から新年にかけて海外旅行に180万人超がでかける(JTB調べ)予定だとか。ユーロ安になりヨーロッパ旅行は割安らしい。ハワイなどもこのところ割安になり、旅行好きの知人たちは歓迎して一週間のバカンスというから、なんだかんだと云いながら余裕があるんだなと感じる。 みんなが切り詰めた生活をすれば、間違いなく経済は疲弊して沈滞するわけで、そこそこに循環する経済が望ましいのだろうが、のんびりと豊かな人達がいる一方で、暮れになって失業した人やワーキングプァーなる人々もいて、世の中の格差はさまざまなのが現実ではある。Photo

2008年12月26日 (金)

錯乱坊雑感 26-Dec-2008

時期的に気持の悪い暖かさだと思っていたら、一転して今日は典型的な冬型の気圧配置になって、北海道及び東北と日本海側は大雪注意報が出て、当たり前の冬の天候かと思う一方、寒い地方は大変だろうと推測する。
暦の巡り合わせで、本日が仕事納めのところも多いとか。
いつものように正月休みを帰省や旅行へと、人それぞれだが、普段とおりにテレビやラジオを聴いて引きこもりのような生活には、特にこれという変化もない。
目を引き止めるほどの番組も少なく、ついでに見てみようかという興味だけだが、テレビショッピングは買うものがないままデパートの中を散歩するような感覚で漫然とみている。早朝から深夜まで、最近はテレビ通販が盛んだ。
特別 必要なものは無いが、中にはあれば便利かなと思うものもある。
それに、ドラマやその他の画面で遠ざかっているタレントが出ていたりして、「あの人は今」という番組でも見ているように、最後まで見ることがある。
どこの通販もバックには驚き隊というチームではないかと思うような観客を置き「なんとこのお値段」と司会者が言えば、大仰に驚きの声をあげ「まあ~凄い!」というのはお決まりのバターンだ。
本当に安いのかどうかは知らないが、知る人ぞ知るジャパネットたかたの社長さんの誠実そうな顔と声に、成功するはずだなと、違う観点で見入っている。
それにしても儲かるからか、需要があるからその意に沿ってのことか健康食品の通販というのが実に多い。 Photo

2008年12月25日 (木)

錯乱坊雑感 25-Dec-2008

外国の風習を真似たものだから年配者にはいまひとつだが、クリスマスの時期には寒いはずなのに、本日の東京は暖かく快晴。
もういくつ寝るとお正月などと、待ち遠しい思いをしていたのは子供のときぐらいで、いつの頃からか節目としての期待感が薄れている。
年末になると、家族総出で障子の張替えや畳を上げて太陽で消毒するという意味で日向に干して、その間に敷いていた新聞紙を交換するなど、てんてこ舞いの忙しさだった。張り替える障子を自由に破ってもよいということで、げんこつで破っているうちに桟まで壊して叱られたこともある。
自然なうちに一年で汚れたものを掃除をしたり、張り替えたりしているのも気分を一新する意味を含む。なんとなく新鮮な気持を取り戻す大切な作業だったわけで、着物や下駄も「お正月になったらおろそうね」などと言われていた。
昔の生活のおぼろげな記憶を思い起こすと、今は一年中が昭和三十年当時の正月よりも贅沢であり、三が日でも都会の商業地は活動するようになったことも、節目としての正月気分を薄れさせている。
それでも、やはり正月だなと思う現象は、首都高速道路をはじめとして幹線道路の交通量が激減するとともに、その影響と推測するが、三が日は空気を濾過器に通したかのように綺麗になり、都会が心地よい青空になるのも後わずかだ。Photo

2008年12月24日 (水)

錯乱坊雑感 24-Dec-2008

実質的に国会は本日で閉会のようだが、未曾有の金融不安の中、景気浮揚策も含めた財政規模の予算案が閣議決定されるとか。
国の財布が破綻状態なのは、前々から国会でも取り上げられ、与党の自民党と公明党は消費税率を上げる段取りについてもめていた。
個人的生活においても少しの借金は容認するとしても、収入の十年分を超える国の債務は、返済不能の危険水位といえる。
2009年度の予算原案によると、同年度末の国債発行残高は581.1兆円と過去最高を記録する。国税収入の十三年分に相当するそうで、国と地方全体の債務残高は、国内総生産のいわゆるGDPの1.7倍とか。先進七カ国(G7)で最悪らしい。
金融危機の実態経済への影響が広がる中、巨額の借金が景気浮揚のための財政出動を制約している。
日本は、バブル崩壊後に景気対策として公共事業を急拡大させた。1990年代の頃にはGGDP比六割程度と、他の先進国並みだった債務残高は、一気に増えた。それなのに、少し前の2002年からの戦後最良の景気回復局面においても、減らすための改善の道筋がつけられなかった。
他のG7諸国をみると、米英などイタリアを除く五カ国の債務残高は、GDP比七割ほど。イタリアは唯一GDPを上回るものの、財政再建努力が奏功して、近年は減少傾向。水準や債務悪化の進み具合は、日本の財政事情の厳しさが際立っている。Lsd

2008年12月23日 (火)

錯乱坊雑感 23-Dec-2008

天皇誕生日。平成天皇も後期高齢者の仲間入りをされるそうで、体力にご懸念もあるらしく公務を軽減される方向とか。
明日がクリスマスイブだが、若者を除けば最近は、ひところほど騒がなくなった。もしかして不況の煽りもあるのか。日本人の宗教観が変なのか、お寺にもクリスマスツリーの電飾があったりするので、一体どうなっているのか戸惑いもある。
ことさら目くじらを立てずに鷹揚で懐が深いのだろうと理解するが、ただ単に、多くの人がやっているから便乗すると言う。
私も無宗教。厳密にいえば「浄土真宗」にて、先祖を奉るというのが本来の実家の宗教だが、お彼岸の墓参りすらご無沙汰気味で、罰当たり者にてまことに不義理をしている。
私は墓を軽んじているところがあり、自分の行く末はいわゆる「散骨」にしたいと申し送るつもりだ。
墓地の売買も立派な商売だが、子孫の居ない者に墓は無用。墓守を縁者に頼むのは心苦しい。
有名人の墓を見ても、いずれその墓の所在すら忘れられる運命。どこぞの馬の骨と同様の無名人には無用のもの。野良の犬や猫を葬るところでもゴミ箱でもよいが、ゴミ箱はたぶん法に抵触するのかと思うので、事前に「日本散骨教会」へ手続きをしようかと思案中でもある。
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2008年12月22日 (月)

錯乱坊雑感 22-Dec-2008

今年も余すこと9日。来年こそは何かきちんと目標を立てて過ごさなければと、今の段階では思っている。だが、年末や新年を迎える時期にはそれなりの思いがありながら、考えが浅いためかこれという目的達成もなく過ごすという繰り返しだ。
年の瀬になって一年を回顧するテレビを視ていたら、世界的な金融不安の発生よりも、黄泉の国へ旅立った有名人のことを思うと、人生は儚いものだと実感する。
筑紫哲也さんや緒方拳さん峰岸徹さんたちが急逝したとの報道を聞いて、現代はなんとガンの発病が多いのかと、予防の考えも少し変わった。明日はわが身のことだとして身近に迫っている気がした。
先のことは先のこととして、まあいいか、ケ・セラ・セラ。当座は差し迫っている情況ではないから、しばらくは生きてはいるだろうと楽観しているけれど、きちんと身辺を整理をして、世話をしてくれている人達が困惑しないで済むだけの準備は、そろそろ必要かと思う。
今年も喪中のハガキが五通もきて、だんだんに歯が抜けるように人が消えた。
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2008年12月21日 (日)

錯乱坊雑感 21-Dec-2008

今年最後の二十四節気の冬至だが、東京は気温も高く、日中の最高気温は19度にもなるとか。なんだか季節はずれの気味悪い陽気だ。
巷は、不況の声はあるものの忘年会の時期。LSDは電気代も安いとのことで派手なイルミネーションが街を照らしているとか。
そぞろ歩けば、定番の山下達郎や稲垣潤一のクリスマスソングが流れていて、そこそこ雰囲気があったとの感想を聞いた。
東京はアッと思う間に街並みが変化する。ほんの少し行かない間に、次にゆくと整形手術をした顔でも見るように変貌しているケースが多く、記憶していたはずの道路さえ見当を失う。
日本は地震国という不安要因もあるのに、次から次へと雨後のタケノコのように高層ビルが建設されている。素人考えではタワーインフェルノみたいなリスクも感じるが、さまざまな研究も進み、たぶん凡夫の不安は杞憂に相違ない。
銀座で働いていた頃に、知り合いが佃島のアパートに住んでいたので、タクシーで二十分ほどだから何度も行った。当時は、高くても七階建てのマンションがぽつぽつと散在する程度で、築地も月島も佃島も古い家が軒を連ねていて、独特の雰囲気を醸す町だった。
繁華街に近い割りには下町の情緒があり、そのあたりの飲食店へ三四回通うと、旧知の間柄のように親しくなった想い出がある。
月島の「もんじゃ焼き」は有名だが、レバーの揚げたてのカツをウスターソースにくぐらせて食べた味は、いまでも記憶の片隅に残っている。
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2008年12月20日 (土)

錯乱坊雑感 20-Dec-2008

ほんの夏ごろの話だったのに、米国大手証券会社の倒産を引き金に世界的金融危機が巻き起こり、経済アナリストも成り行き予測が見事に外れて、経済環境は一変した。
風が吹くと桶屋が儲かるという論法だが、原油が高騰してオレンジジュースやマヨネーズが値上がりしているのだと言っていた。どういう関連性があるのかと、テレビ番組の解説を聞いていたら、意外な方向に影響があるのだと、一応の説明に耳を傾けていた。
インドや中国などが急速に経済発展をして、慢性的に原油危機ともいえるエネルギー供給逼迫により、これに対処する一助としてバイオ燃料が生産されるようになったとか。大豆やじゃがいも畑それにオレンジ畑などをつぶして、バイオ燃料の原材料のトウモロコシ畑へと変えているために、大豆やオレンジから作るサラダオイルやオレンシジュースの原料高を招いているのだと。最近の原油高はそれらの逼迫要因に加えて、マネーゲーム加熱の一面が現実として表面化している…云々。
時間の経過とともに、世界的経済基盤の衰退に原油がだぶつき、急激な原油暴落が起きた。先の原産国石油機構(OPEC)は減産を発表したが、不況が要因で消費が冷えて原油の値下がりが止まらない。
円高と原油安は、消費国日本に恩恵があるはずだが、輸出国日本は利益がゼロになるほどの為替差損が生じて、差し引きすれば経済見通しは暗いようだ。
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2008年12月19日 (金)

錯乱坊雑感 19-Dec-2008

伊豆半島の中ほどにある稲取温泉には、主に商売の顧客接待という名目で、ゴルフの想い出が沢山ある。
昔は予約を取るのも大変な時期もあったが、不況の影響やライバル観光地の値下げ招致のせいで、このところ客足がいまひとつらしい。
何年か前に、全国から募集して観光協会長には700万円プラスアルファーという厚遇が目を引いたのか、かなりの応募があったという。募集は大々的だったが、その後のことは報せがない。
稲取漁港は金目鯛の漁獲高が伊豆一。甘辛く煮付けたものは絶品の味で印象深い。
すぐ上の山の中腹にある稲取カントリークラブもなかなか良いゴルフ場でロケーションもいいのだが、東京を軸に考えれば宿泊するほどの遠隔地ではないけれど、日帰りするにはやや遠いという、いわば距離的に半端な場所なので旅をしている感覚になれなかった。
昔の稲取温泉は漁港のイメージが強く、大きい旅館もあったが、民宿が多かった。
このところ久しく行ってはいないが、下田へ行く道すがらに眺めたら温泉場としての雰囲気が変わり、コンビニとかファーストフードの店が出来ていたので驚いた。
だんだんに建物も大きく立派な旅館も増えていったから繁盛したものと思うが、最近は集客力も落ちているらしい。
今は、伊豆近隣の熱海も湯河原も、伊東、箱根、修善寺などなど、どこもかしこも商売としての勢いは無いらしいが、そのうち、想い出をなぞりに行ければ行きたい。
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2008年12月18日 (木)

錯乱坊雑感 18-Dec-2008

年末には振り返り、今年鬼籍に名を連ねた人たちのことを番組でやっていた。いわれてみれば、そうだアノ人もコノ人も…忘れかけている人もいる。
会者定離。もとは仏教用語とか。死ぬことは究極の別れだが、永遠の愛を誓った仲の人たちの別れもあり 「会うは別れの始めなり」というわけで、深い絆の親子も、普通は親が先に死に、一応はこの世の別れになるという定めを言う。 当たり前だが、夫婦はアカの他人だから、理由はさまざまながら別れることは珍しくもない。
知人の中にも生き別れの人、病気で逝ったために独身になった人など、世は様々である。
当たり前だが、死に別れは二度と会えないけれど、生き別れなら会おうと思えば会えないわけではない。大体において永遠の愛などというのは嘘っぽい。 人間は、なんとか守って生きようという努力がないと、いかなる間柄でもその関係や物事の維持が簡単に壊れるような気がする。
故人は二度とこの世には戻ってこないから諦めるしかないが、生き別れは、本人の望み次第でやり直すことが可能であると、別れたばかりの知人に薦めてみた。ウンというはずはない。

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2008年12月17日 (水)

錯乱坊雑感 17-Dec-2008

百パーセントとはいわないが、対面して話をすれば、的確ではないとしても概ね相手のこころの動きがわかる。
目は口ほどにものをいうとは、昔からよく聞く。挙動不審というのは体全体から察するものかも知れないが、目の動きが象徴的ポイントであり、ひらたく言えばキョロキョロしているときは概して心の動揺があるのだろうと推測できる。
遥か昔のことながら、東京オリンピックの頃(1964年ころ)は、一般家庭に電話を所有する人も少なくて、私もアパート大家さんの呼び出し電話で連絡を付けていた。
便利な世の中になり、いつでもどこでも通話もメールもできる携帯電話が、いまは9,700万台超も普及浸透している便利な時代ではある。私はいまや極少数派の部類で携帯電話を所持していない。
代わりにパソコンのメールで自分の思いを瞬時に相手へ伝えることが一応はできるが、表現の乏しさもあり、ほんとうに心の中の思いを伝えているのかと反省するときがある。
対面して交わす会話なら、言葉だけではなく、その素振りや表情で別のものも伝達できるわけで、電話でもいまいちだが、メールではなおさら姿や様子が覗えず、コミュニケーションには限界があるなと思う。Photo

2008年12月16日 (火)

錯乱坊雑感 16-Dec-2008

うそには税がかからない。だから国にはうそが満ち満ちている。ドイツにはこんなことわざがあるというが、そっくり日本にもあてはまる。
一国の首相をウソツキ呼ばわりしては申し訳ないが、何を言っても腰砕けになり話が少しずつ変化して、やることをしないのか、あるいはできないのか有言不実行。そういうのを一般的にウソツキという。
年末恒例の「今年の漢字」に「変」が選ばれ、京都清水寺の貫主が大書されている姿をテレビのニュースでやっていた。日本漢字能力検定協会というのが全国から募集して、一位になったものを発表したものだが、やっぱりというべきか納得の文字といえるのか、最大公約数の文字は良い方向に変化して欲しいという期待もこめられている。
昨年は「偽」が選ばれ、慢性化の傾向にあるのか、今年もウソの続きのまま…うそつきは泥棒のはじまりと教えられなかった人はいないだろうに、頭さえ下げていればすぐに済むとでも思っているのか、嘘とか偽装に満ちている一年だったと思っていたら、その後もずっとあらゆる面でいえるという。何度同じような謝罪会見を目にしたことか。その謝罪内容すら嘘でかためて不誠実極まりない業者もいた。
この「偽」も記憶に留まりそうに思うが、過去のものを思い返せば、阪神淡路大震災のときの「震」や、和歌山のカレー事件の「毒」など、印象深いものはどれも悲観的なものばかりだが、これらのものに変化の兆しがあるとよいけれど。
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2008年12月15日 (月)

錯乱坊雑感 15-Dec-2008

去りし日々を振り返ったり、これから来る日を予想して占ってみたりする時期になった。
例年通りに年末ジャンボ宝くじが発売されたり、NHK紅白歌合戦の出場歌手やグループが発表され、世の中否応なしに年末モードに入った観がある。
若い方々は、これにクリスマスのイベントが加わり、若くない世代は、赤穂浪士の討ち入りという、忠臣蔵の出来事が史実によれば十二月の十四日というから、暦の上では昨日だったとか。
昨夜はNHK大河ドラマの「篤姫」最終回を見た。
ちょっと昔は、必ずといってもよいほど「忠臣蔵」が年末の話題にのぼり、映画やテレビに登場して、それが合図のように年末を感じていた。
ある雑誌に映画監督の篠田正浩さんと江戸東京博物館の竹内誠館長の対談が出ており、内匠頭の辞世の句は後世の創作で、大石も当時は討ち入りするつもりもなかったというのが真相らしく、討ち入りには死者の怨霊を鎮める「御霊信仰」があったという調査があるとのことだと語っておられた。また、悪役と思われがちな吉良が地元では名君として慕われ、温厚で子煩悩。一方の浅野は知恵があって利発、民の治め方もよかったが、ことのほか好色だったと、過去に聞いたことも無いことだったので意外な気がした。
篤姫の生涯もそうだが、古い出来事をあたかも見ていたかのように言われると、これも眉唾かと思わないではないが、民衆が好む人物像に作り変えられてゆく可能性があることは推測できる。ああ、年の暮れ…。
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2008年12月13日 (土)

錯乱坊雑感 13-Dec-2008

京都清水寺で12日の14時頃に『今年の漢字』が発表された。清水寺はこの『今年の漢字』発表を一目見ようと大勢の人で賑わっていた。
実際に発表されるのは清水寺から少し離れた、奥之院(おくのいん)にて発表。昨年は9万通の応募があったが、今年は昨年を大幅に上回る11万通の応募があったという。
読売テレビで中継されていたので視聴していたが、貫主が筆で書かれる前に口答で発表が始まってしまい、『今年の漢字』は“変”と発表された。
ただのイベントにて、すぐに忘れてしまうが、昨年は“偽”、2006年は“命”と毎年一文字ずつ発表されている。
いろんな意味で変化のある1年だったということだろうか?
全国で11万人の応募があったとのこと。新聞に明細が出ていた。

<1位~10位の漢字(111,208人)>
1位 「変」(ヘン/かわる・かえる) 6,031 人( 5.42%)
2位 「金」(キン・コン/かね・かな) 3,211 人( 2.89%)
3位 「落」(ラク/おちる・おとす) 3,158 人 ( 2.84%)
4位 「食」(ショク・ジキ/くう・くらう) 2,906 人( 2.61%)
5位 「乱」(ラン/みだれる・みだす) 2,321 人 ( 2.09%)
6位 「高」(コウ/たかい・たか・たかまる・たかめる) 2,100 人( 1.89%)
7位 「株」(かぶ) 1,995 人( 1.79%)
8位 「不」(フ・ブ) 1,786 人( 1.61%)
9位 「毒」(ドク) 1,693 人( 1.52%)
10位 「薬」(ヤク/くすり) 1,611 人( 1.45%)
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2008年12月12日 (金)

錯乱坊雑感 12-Dec-2008

本日の午後二時に、京都清水寺の管主さんが大筆にて今年一年を連想する漢字一字を披露されるという。昨年は偽装の『偽』だったが、今年も悪い印象の漢字と予想され、いやな感じを表す一字になりそうな気がする。
漢字の羅列なら数々の教訓がある。中でも人間万事塞翁が馬というのは、私が最も好む逸話だが、これを引用して話していたら、若い頃に恋愛していた彼女に「努力もしないで、なんでも運命と片付ける人は嫌いよ」と、言われたことがある。その人と長続きしなかったことは語るまでもないけれど、二十年ほど前に乳癌になり黄泉の国へ旅立ってしまった。
「塞翁失馬」の成語もあり、要塞の近くに住んでいた老人が、飼い馬に逃げられたことから見えてくる人生訓である。
当時の馬は生活に不可欠なだけに、逃げられたことは災いになる。だが、やがてどこぞで見つけた駿馬を連れて帰ってくるという幸せが訪れる。その次は残念ながら、わが子がその駿馬から落馬でケガをする災いだった。その結果として徴兵を免れ戦争に動員されることなく、親子ともども生き残った。
このように人生においては、災いと幸せが変転してゆくという話で、何かの節目どきになると脳裏に浮かぶ。
今のような時代を思うと、長生きすることが歓迎されない社会背景の中、還暦の階段をいかに過ごしたら潤いがあって充実感を得られるか、まさに暗中模索である。
さて、選ばれる漢字は「乱」「破」「壊」あるいはまったく凡人には
思い浮かばない違う文字か、どれになるだろううか。
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2008年12月11日 (木)

錯乱坊雑感 11-Dec-2008

年末は買い物客でごった返している。都市も地方も混雑する場所は異常な熱気を帯びるが、スリなども横行しているので油断はできない。
昔のことだが、年の瀬の混雑の中でスリの被害に三度遭遇した。
最初は、上京したばかりの新年早々の浅草仲見世どおり。封筒に入れたままの7,000円をぶつかり間際に擦られた。当時の自分の収入からすれば、それなりの大金ゆえ、めでたい気分もすっ飛んでしまう出来事。三越本店前から浅草田原町までの地下鉄銀座線キップ代が30円、タクシーに乗っても300円で釣りがきた。ラーメン代が50円、池之端伊豆栄の鰻重が350円の時代である。
二度目はアメ横の商店街の中ほどで被害に遭い、三度目は中山競馬場で暮の有馬記念の日だった。アカネテンリュウとスピードシンボリの馬券を一点で当てて、財布の中にあった20万円ほどと当てた馬券配当の42万円をそっくり掏られた。
生き馬の目を抜くと言われていた東京で油断が招いたドジだが、暮の時期になるといまいましさが思い出される。Photo

2008年12月10日 (水)

錯乱坊雑感 10-Dec-2008

戦後生まれで、「ひとかたまり」とか「すぐれた世代」という意味のことを団塊(だんかい)の世代と、元経済企画庁長官の堺屋太一さんが名づけた。
それらの人達も昭和20年生まれなら63才になる。敗戦後の食糧難の時代に幼少期を過ごし、戦前の価値観を引きずる大人の影響も受けて、教育面においても大きく変化した時代を生きてきた。
単なるノスタルジーで言うのではない。戦後の物質に恵まれない時代から、東京オリンピックを契機に、豊かな時代へと変貌した。
物不足のころは、日本人の気質や情愛は素晴らしかったと思うが、豊かになった今は、社会のモラル低下や人心の荒廃が愁うべき風潮にある。
地球規模においても、さまざまな問題を孕み環境汚染も著しく、温暖化などは杞憂ではない。
75才以上の方々のことを後期高齢者と呼ぶらしいが、いまやすでに人口の二割を占め、高齢化社会はますます進む傾向にある。
にわかにそうなったわけではないのに、医療費増大やその他の社会保障費の財源確保が、社会の大きな課題になりつつあるけれど、総論賛成各論反対で世論形成もまとまりがない。

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2008年12月 9日 (火)

錯乱坊雑感 9-Dec-2008

今年は、早くから山間部の降雪が伝えられ、ときに薄化粧をしたていどだが、交通に支障をきたすほどではないとか。
寒い時期になると温泉が恋しい。そう思ったところで、今は車椅子の生活にて自ずと行ける場所も限定される。
十四、五年前に何度か行ったことがある飛騨の平湯は、バリァーフリーに配慮されすべての条件が整っており、車椅子でも苦にならず行くにはうってつけの温泉場だ。
食事もうまいし、何よりも持て成しが良いので、機会があればまた行きたいという印象が残った。パンフレットを見て再び旅ごころをそそった。
少し離れた高山では、間に合わないけれど十日にブリ街道祭りというのが開催されるとも書き加えられ、ぜひとも来いというお誘いが…。
当分はゆけそうもないが、富山湾で摂れたブリを名古屋(尾張)まで運ぶ途中が高山ということらしく、飛騨の高山では今でも「ブリ料理」が名物になっているらしい。
福井から京都までの鯖街道と同様に、保存のために富山湾で獲りたてに塩をして運んだら、高山あたりで丁度よい塩加減になったというのが名物になった発端という。今では流通テンポも速くなり刺身も出しているけれど、いまでも薄塩の切り身に人気があるのだとか。
飛騨の平湯は奥穂高や乗鞍岳、それに高山や白川郷という観光地が近く、温泉の質が良いことや料理も申し分が無い。
旅情たっぷりの船津屋という旅館は、源泉かけ流しの豊富な湯量と檜造りの大浴槽が何よりもいい。
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2008年12月 8日 (月)

錯乱坊雑感 8-Dec-2008

一応は目を通していても、新聞の運勢欄に出ているものがあてになるものとも思えず、ものの三十分もすれば忘れてしまい、生活の役に立てた験しがない。
何らかの役に立つこともあるかと書き留めたこともあるが、備忘録の余白を埋めただけのことで、殆ど意味の無い行為だが、書き残しを読む。
▼とらわれ多ければ苦しみ多し。かかわり多ければ障りも多し▼葉は落ち草は枯れる。時来れば草も葉も萌え出る▼贅沢は行き詰まりを生み、ケチは世間を狭くする▼人生の達人は今日を最大日と心得る。今日を無駄に過ごせば落第生▼美女の髪飾りは川底の砂より労して出る。他人の苦労に感謝して吉運を喜べ▼人間は成功と失敗の繰り返し。成長もあり退廃もある▼名曲は心を清らかにするリズムがある。一日の生活にもリズムが必要。云々。
書き連ねたものを別の日に読んだら、その日に限らず該当する金言だと思える。
あるがままに生きているだけのことではあるが、まだ生きていられて、また新しい年を迎えられそうな生活は幸運と感謝しなければバチが当たりそうだ。



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2008年12月 7日 (日)

錯乱坊雑感 7-Dec-2008

本日は典型的な冬型の気圧配置にて、東京は今季最低気温だというが、澄み切って文句なしの快晴。
政治経済が混沌としている時期だけに、見逃すほどの囲み記事ながら、経済協力開発機構(OECD)が十五歳を対象に学習到達度調査というのを、実施した結果が新聞に出ていた。
過去三回の結果は北欧のフィンランドで、「科学的応用力」は大差のトップ、「数学的応用力」と「読解力」は二位と優秀だったという。日本を含めた多くの国が視察団を送り込み調査したらしいが、参考になることがある一方で、取り入れにくいこともあったとか。
都留文科大学・福田誠治教授の著書にも書かれている一節には「十六歳までは他人と比較するような学力テストがないようにすれば、より深い学習能力が身につく」というのもあるが、そういう長所を無視しているのか、日本は反対のやりかたをしている現実がある。
「人口は少ないし、自然は厳しいし、暗くて刺激は少ない。だから自分のやりたいことをやろうと思うことは、自分で克服して、自らが取り組んで行かなければこの国では生きてゆけない」というのは、フィンランドの高校生の談話にあった。確かな自己分析だと感心した。
大阪府知事の指摘にあったが、携帯電話でのやりとりを夢中にさせるような教育は、親も学校も何らかの方策を模索すべき時期かと…。Photo

2008年12月 6日 (土)

錯乱坊雑感 6-Dec-2008

さし迫った感じはないが、今年も後二十五日ほど。暑い熱いと長い夏を嘆いていたのもほんのこの間。気がつけばもう年末だ。
「しあわせは、いつも自分のこころが決める」書家のあいだみつをさんの言葉だが、なるほどと思う。
なにはともあれ、さほど深刻な病気もせずに過ごせたことは感謝だが、自分の努力がいまひとつ不足していることは否めず、安閑と無為徒食の日々を重ねた。

そこそこ親しい知人が、30年も連れ添ったのにこのたび離婚したとか。他人から見ると、さぞや幸せかと思いきや、実際はかなりの乖離があり予想外の離婚になったりする。その逆に、酒場でナンパしたという馴れ初めを聞いた夫婦は、希薄な結びつきと思ってひょっとして不幸かも知れないと眺めていたら、苦労を苦労とも思わず笑顔で暮しているという例もある。本人のこころもち次第で幸福感というものは大きく違い、何事にも一喜一憂しない楽天家は後者に属する。
私は修行が未だ足りずに大悟解脱の心境にはほど遠いが、生きていられるのは有形無形の恩恵であるという実感はある。
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2008年12月 5日 (金)

錯乱坊雑感 5-Dec-2008

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2008年12月 3日 (水)

錯乱坊雑感 3-Dec-2008

年の瀬も近くなり、毎年同じように一年の出来事の総決算のようなものを各メディアでは行っている。
すでに耳にタコかイボが出来そうなほどに偽装というのが注目を浴びて久しく、今年もまたという印象が強い。特に食品の偽装表示について、あれもこれもと芋づるごときに表面化したのが特筆すべき点ではある。
摘発されるようなことを避ける結果として、消費期限切れの弁当や牛乳、生菓子類。果ては食べ残しのハンハ゛ーガーにフライドポテト…。コンビニやファストフード店から毎日、大量に捨てられる食品の山。これぞ飽食日本の悲しい断面である。
だが、もう一方において悪徳業者ならずとも勿体無いという気持ちはあるはず。捨てるのではなく、飼料や肥料への再生利用を義務付ける食品リサイクル法がこのほど十二月一日から改正施行という。
改ざんも頻発、食品を取り巻く偽装など、内部告発によるものが多いために増えている印象がある。真実を偽る行為は悪いに決まっているが、後の処理として、もう一つで食べ物を大切にするという、貧しかった昔の美徳も忘れたくないものだ。 Photo

2008年12月 2日 (火)

錯乱坊雑感 2-Dec-2008

何がどう変わるというものがない生活にて、なんとなく気分だけが先行して、慌しい雰囲気だけ感じている。
何年か前、近所に分譲住宅が建ち、にわかに若い家族連れが多くなった。細かなことを言えば問題がなくはないのだが、子供の数も増えて、なにより賑やかになって活気がある。
目につくこの時季の定番は夕刻の五時ごろになると電飾が輝き、競うように漆黒の闇を照らし、ひとしきり目の保養をさせてもらっている。
分譲住宅が建つまでは、こんもりとした森があって野鳥が集まるよい環境があった。
すべて伐採して跡地に70戸ほどの家ができて、ちょっとした街が出現。以前の面影は一変した。
元は、部屋に居ながらにしてバードウオッチングができるほど、珍しい野鳥が中庭の小枝に止まっているのが見えたのに、今は小鳥が寄り付かなくなった。森の消滅が原因と思われるが、残念ではある。
しかし、さまざまな理由で森が家に変貌したわけだが、流行語大賞にも選ばれたアラフォー世代の夫婦も増えて、若者が多く住む街もいいものだ。なにより活気がある。
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2008年12月 1日 (月)

錯乱坊雑感 1-Dec-2008

一年の最後の月は師走。夢の超特急といわれた新幹線0系が役目を終えて44年の歴史に幕を降ろすとか。
それとは別に一万円札が出て50年になるというから、時間の経過は実に早い。
特に高等な技術を必要とする製品は、日に月に間断なく急速に進歩する。最近の日本の技術革新(innovation)は目覚しく、携帯電話ひとつを例に挙げても、古い人間には唖然とするほどの技術が駆使され、その機能の凄さに驚くばかり。
若い人たちが親指ひとつでピコピコとやっている姿を見るにつけ、自分は確かに時代に遅れている人種の仲間だと痛切に思う。
その昔、テレビがモノクロだったころ「スパイ大作戦」というテレビドラマがあった。固定電話さえ充分には普及していなかった頃、携帯の小型テープレコーダーから指令が流れ、それをベースにドラマが展開されるというものだった。
現代は、そのころに想定していた技術を遥かに超えて、すでに巷に出回っている携帯の機能などは、その時代には空想すらしなかった。
後10年したらどんな変化があるのか期待もあるが、自分の寿命があるかどうかの確信は無い。

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