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2009年4月

2009年4月30日 (木)

錯乱坊雑感 30-Apr 09

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何日か前に伊豆へ旅行に行ったという知人の話。あわびや伊勢エビを焼いて食べたのが旨かったという。
美味なら美味で良いのだろうが、豪州に赴任中の彼がいうにはオーストラリアなら罰金モノだというので、意味が分からず訊いた。
外国では、当然のことながら風習や文化しきたりが違うが、オーストラリアでは日本式の生き作りはご法度らしく、もし訴えられたら罰金刑になるのだという。理由は残酷だというが、国柄で感覚はひどく違うものだ。
殺して食べることに問題があるのではなく、目の前で苦しみ悶絶するのを見ながらたべることがイケナイのだとか。生き物の命を奪って食べるにも作法があるという意味らしいけれど、実際に訴えられた人はいないとか。
動物保護団体がうるさいということらしいが、シドニーの日本式レストランで働くコックに教えられたという。
そういえば、南伊豆で生きたエビやアワビやサザエを焼いて食べたことがある。その名も「残酷焼き」というが、罪悪感より食欲が勝ってはいたが、その名の通り残酷だなとは思った覚えはある。

2009年4月29日 (水)

錯乱坊雑感 29-Apr 09

みどりの日といっていたのに本日は昭和の日と改称され、以前なら昭和天皇の誕生日だったという意識も薄れつつある。
小泉政権の時代に催眠術にかかったごとく与党に圧倒的な力を与えたのは国民だが、民主党もいつか政権を奪取するのだと豪語するなら、国民を引き寄せる対案を提示して存在感を示してもらいたいと思う。
与野党が競うように、議員の世襲問題について口にしてはいるが、選挙が近いと噂されるいま、ほとんど与野党ともに言うだけのことだろうと推測される。
できるはずのないことを言うのは他のことにもあり、相変わらず官僚への遠慮みたいなものもあり、天下りの制限さえできていないし、未だに随意契約という談合なども横行している。
素朴に思うことは、そもそも天下りという言葉自体が前時代的であり、民間が官庁のエリートコースを歩いてきた人を何故に再雇用するかといえば、自動的に仕事が取れる可能性があるから、高い賃金で雇用しても採算が合うと睨んでのことである。
退職した官僚たちにも生活権はあるけれど、過去に権限を行使した企業へ就職すれば、その先にあるものは誰でも想像できる。
親の七光りで受け継いだだけの世襲議員にも、本当に民衆のためになる仕事が出来る人がどれほどいるか疑問がある。そういう温床にならない方策を、今こそ民主党は積極的に示すべき時だろうが、それもこれも民衆の選挙行動にこそ根本的な問題があるといえる。B

2009年4月28日 (火)

錯乱坊雑感 28-Apr 09

*横浜山手協会裏通り「青葉の季節」 アクリル油彩画 F6号
明日から本格的大型連休になるというのに、にわかに豚インフルエンザのニュースが多くなり、警戒レベルもフェーズ4とか。まだ二段階あるとしても、昔のスペイン風邪のようなパンデミックに発展しなければよいが、万一そういうことになれば経済危機よりも怖いことになる。
懐かしい歌謡曲を聴くと、その時代のことを思い出して、格別な感慨に浸る時がある。
思えばアッと思う間に歳月は流れ、障害者になって30余年になり、健康体で過ごした時代と同じ年月を淡々と生きてきた。山梨の石和温泉のリハビリ病院に入院中に、新宿から甲府までを運行しているという特急の「あずさ二号」という歌がヒットして、いわばご当地ソングだということに加えて、元通りの体には戻れないと判った時期だっただけに、かなり強烈なインパクトとなった。
その歌を唄っていた兄弟デュオの「狩人」が解散するのだと、最近になって発表され、失礼ながらとっくに消えてしまったと思っていただけに、まだ歌手として活動していたことが意外なことでもあり、当時のことを思い出した。紆余曲折を経て戸惑いや逡巡を交えた人生ながら、過ぎた早さの30余年は、特急に乗っている速度と同じようなものだ。2008_07_04_017

2009年4月27日 (月)

錯乱坊雑感 27-Apr 09

若い頃は、有給休暇や慶弔休暇を除外すれば、お盆と正月以外の連休はすくなく、四月末からの連休が格別な大型休暇だった。
民族大移動という大げさな活字が躍る朝刊だった昨年までとは違い、休暇の日数も質にも差のある連休になったようだ。成田あたりの出発風景をテレビで見ていると、案外に景気は良いのかと思えなくはない。
ユーロがやけに急落して昨日の相場では1ユーロが128円前後になっていた。ヨーロッパ旅行が歓迎されるのも頷ける。加えて、このところの原油安にて燃油サーチャージが撤廃されているのも旅行者には恩恵の模様。反面、旅行どころかアルバイトに精を出さないと、収入減をカバーできないと嘆く人もいて、人それぞれの過し方ではある。
連休のバカンスに浮かれるなという警鐘のように、にわかに豚インフルエンザの流行が伝えられている。メキシコが発生源のようで、人の往来がグローバルなせいか、感染が世界中に拡散する恐れもあるらしいので情報に注視する必要があるようだ。
英語が嫌いな人も、しばらくはパンデミック(pandemic)というを耳にしそうな気配もある。もともとの意味は、全大陸、世界的流行病のことで過去のパンデミックは古く、スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪が挙げられるが、昔よりも交通手段が発達している分、感染速度がとてつもなく速い。
現段階では過度に心配は無用と発表されているが、とんでもない感染爆発にならなければいいけれど、感染してもタミフルとリレンザで当座は治療可能とか…
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2009年4月26日 (日)

錯乱坊雑感 26-Apr 09

Photo ただ自分の思い込みだけだろうが、秋の花は寂しいイメージがあり、それに比べれば春の花は鮮やかで勢いがあるような気がする。
女性の姿を花にたとえて、俗に「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はゆりの花」と言う。なるほどと納得するほど、艶やかでいずれもが美しい。
高浜虚子の「白牡丹といふといへども紅ほのか」という句も好きだが、観察力に流石なものを感じる。
ほのかといえば、この時季は薫風という言葉があるように、匂いに敏感になりコロンの残り香に無意識で後姿を目で追うことがあった。
道端ですれ違い様に、通り過ぎた女性をバックシャンと言った人がいたが、100パーセントのほめ言葉ではないから、こんな勝手なことを言って、万一当人の耳に届き聞こえたらもめるかも知れない。
花の種類にもあるが、誰が付けたか美しいのに「ヘクソカズラ」とか「オオイヌノフグリ」などとは、どこかの政治家のようにまかり間違っても口がすべってはまずい。ご婦人にでもたとえたとしたら、ひょっとして裁判沙汰になってしまいそうだ。

2009年4月25日 (土)

錯乱坊雑感 25-Apr 09

Photo 暦の並びだけではない要因もあるらしいが、今日から16連休の会社もあるとか。折柄の輸出不振による製造業における生産調整の機会にもなったとのこと。
操業短縮の意味からすれば、手放しで歓迎できない休暇の人もいるかと推測されるが、気分転換の意味で過すのもよい。
知人は、遠くへ出かけずに都内の商業スポットをウインドショッピング
ならぬB級グルメツアーをするとか。都会は人口も多いから、建物や街並みの変化が早い。建物が変われば、中のテナントも大きく変わっていたりする。
新しいもの好きの知人が、丸の内にまた次のスポットが出来たので、そこを真っ先に見に行くのだとか。
ひしめきあって狭い土地に建物を造るのだから、高層ビルばかりが立ち並び、耐震構造だとはいえ、大丈夫かと余計なことを心配してみたりする。
前に六本木のミッドタウンがオープンしたばかりなのに、今度は同じ規模ほどの第二丸ビルなど、似たようなコンセプトのホテルが営業の運びとか。東京の経済活動は凄いと思うほかはない。
目にも触れない場所にて知らなかったが、大手町の地下にはかなり巨大な野菜生産施設があり、計画的に水耕栽培で一万人分を賄えるという。
あれこれ驚くもうひとつの宇宙基地のような場所もある、東京は奥行きも規模も巨大なそういう街だ。

2009年4月24日 (金)

錯乱坊雑感 24-Apr 09

日を追うごとに緑が次第に濃くなってきた。針葉樹や常緑樹は微妙な表情の変化が分からないが、落葉樹は常にリセットして出直すかのように、春のこの時期に衣替えする。
秋は感傷的に眺めていた樹木も、内に秘めたエネルギーが吹き出るように若葉が茂り、なんだかわからない希望が湧いて、目にも栄養を与えそうな若葉の色がとてもよい。
ずいぶんと使い古したゴールデン・ウイーク(黄金週間)は明日から始まり、途中に有給休暇を五日挟めば16連休になるという。
今年に限らず春の陽気は定まらないけれど、気温のブレがこの春は格別に大きく、平均ならいいのにと思うほど。 
今はつつじが見ごろになり、チューリップが例年よりも早く満開になり、五月初旬まで持つかどうかとか。
藤棚に花が垂れ下がる時期になって寒い日もあり、気象のメカニズムは不明ながら、災害というほどの影響が出ていないので目立たないが、いつもの春とは微妙に様子が違う。
B

2009年4月23日 (木)

錯乱坊雑感 23-Apr 09

努力も無しに英会話の会得は無理だろうが、日常会話ぐらいは話したいものだ。
英語を話す人がそばにでも居れば、自然に身に付くものだろうが、独学でも単語ぐらいは覚えられるけれど、円滑なコミュニケーションは必要な環境や習慣が無いと難しい。
外国からの留学生はそれなりに優秀な人が来日していると思うが、それにしても日本語の習得が早い。そういう比較からすれば、日本人の語学力は劣る。
中学くらいから勉強を始めて、長く英語に接しているが、いまだにアメリカの三歳の幼児にも劣る英語力が情けなくなり、劣等感に支配されている。
道路標識のように、生活に必要な五つぐらいの言葉を簡略な図のようなものに表現したものはないのか訊いた。
一見して理解可能な簡略化した語句でWBCのようなものがあった。英語が通じる人になら理解される略語のいくつかを教わった。
その中のひとつ…
大活躍の略語だとか。Please reply ASAP.というもの。
できるだけ早くご返事をください…という。
ASAPはas soon as possibleのことでasapと綴ることもあるとか。B

2009年4月22日 (水)

錯乱坊雑感 22-Apr 09

古い歌に『泣くな小鳩ヨ小鳩ヨ泣くな』という一節を聴いて、泣くのと鳴くのはどう違うのか辞書ですぐ調べた記憶がある。
賢人はご存知のことをなぞるけれど、赤ん坊などが「泣く」で、野鳥や動物は「鳴く」であるのに、小鳩が鳴くを「泣く」にしたのは、か弱い女性をなぞらえて小鳩にしたのだと、大人になってから解った。
泣く子と地頭には勝てないという格言は、昔から巷でよく耳にする。
いまどきは若者も時代劇を見ないから、仕方が無い一面もあるが地頭を知らない。
人間は生まれて暫くは、言葉を知らないから泣いて意思を伝える。親はそれを信号と察して、要求は何かと模索して対応するが、放置してすぐに対応しない親もいないわけではない。
言葉の流行なのか「号泣」というのを聞いたり活字でよく見る。これは主に大人の行為を指し、大概は大げさなケースが多い。
人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しくなるという説もあり、誰が言ったか「涙はこころの汗だ」という比喩も聞いた。
たまに泣くのも目玉の掃除に良いかも知れない。涙にもいろいろあって、うれし涙、悔し涙、安堵の涙、後悔の涙、追憶の涙、怒りの涙、人間にはいろいろな涙がある。さしずめ今朝の新聞に、タレントだった清水由紀子さんという人が自殺したというのが出ていた。愛嬌のあった人でファンもいたはず。悲しいだろうな、泣く人もいるだろうなと想像した。
泣いてどうなるものでなし、男は人前でやたら泣くものではないと教えられたし、大人が泣いたらみっともない。
女なら泣いてもよいのかと聞いたら、その答えは無かったけれど、私は幾久しく女性の涙を見ていない。最近は、女性より男が泣く場面をよく見るが、女性が強くなった証明かも知れない。Photo

2009年4月21日 (火)

錯乱坊雑感 21-Apr 09

時間の経過は万人に平等だが、艱難辛苦を経ているうちに、特に還暦以後は個人差も大きい。
具体的根拠があるわけではないけれど、こころの有り様も作用しているようにも思う。いつまでも若くありたいという願いは、個人差があることながら男女共に歳を重ねるごとに強くなるのではないだろうか。
若く見られるための様々な努力や若いままの気持ちとはウラハラに、、周囲には意外と実年齢がバレている…かもしれません。

ある宣伝に「年齢がバレる!と思う体の部位ランキング」で年齢を感じる体の部位について聞いてみたところ、最も年齢を感じるところは《肌》という結果になったとか。
人間あるがままとはいうけれど、やたらに老けて見えて病身のように見えると、明日はわが身と思いながらも南田洋子さんの画面をジッと眺めていたら目頭が熱くなった。
根本的にアウトドァー型のスポーツを好んでいたが、生活環境の変化のひとつに紫外線なども強くなり、加えて加齢でシミが消えなくなった。
いやな耳障りだが「老人班」と呼ぶホクロの親分みたいなものもやたらに増えた。
滅多には鏡も見ないが、理髪店の大鏡で眺めると、否応無く歳を取ったと実感する。
若かりし頃に流行した日焼け。当時は無邪気に小麦色の肌を目指したものの、いつしかブームは過ぎ去り今では年齢を重ねるごとにシミが目立つようになった人も少なくないのでは? 「実年齢よりも肌年齢」という言葉に思わず頷いてしまいそうだ…。
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2009年4月20日 (月)

錯乱坊雑感 20-Apr 09

そもそもが小泉政権のときに得た選挙結果で、三代も内閣が続いており、国民の信を得ていないのに、野党以外に大きなブーイングが起きていないのは何故か。安倍さんは一時的にせよ病気による辞職。福田さんは、当時に漂っていた次の選挙の顔として通用しないという党内の雰囲気を察しての勇退。(辞任の記者会見を聴いての感想)ワンポイント・リリーフと自他共に認めていたはずなのに、経済危機が妙な追い風になって、想定外の延命をつづけている。
人の「運」というのは分からないものだ。
与党に圧倒的な力を与えたのは国民だが、民主党もいつか政権を執るのだと豪語するなら、国民を引き寄せる対案を提示して存在感を示してもらいたいと思う。
相変わらず官僚への遠慮みたいなものもあり、天下りの制限さえできていないし、未だに談合なども横行している。
素朴に思うことは、そもそも天下りという言葉自体が前時代的であり、民間がエリートコースを歩いてきた人を何故に再雇用するかといえば、自動的に仕事が取れる可能性があるから、高い賃金で雇用しても採算が合うと睨んでのことである。退職した官僚たちにも生活権はあるけれど、過去に権限を行使した企業へ就職すれば、その先にあるものは誰でも想像できる。そういう温床にならない方策を、今こそ民主党は積極的に示すべき時だろう。
ここで川柳を一句。「小沢さん残って不自由民主党」B

2009年4月19日 (日)

錯乱坊雑感 19-Apr 09

世界的経済危機というのが深刻だと言っていたのに、政策的手段を講じた結果、回復までは遠いとしても景気は底を打ったようだとの専門家の観測がある。
常に経済活動は揺れているものであったり、時代によって盛衰があり、中でも庶民の生活に密着している衣食住の物流形態の変遷は大きい。
近所の酒屋さんが店舗を改装するというので見に行ったら、コンビニエンスストアーという看板になっていて驚いたのは、昭和四十九年のことだった。
其の後は同じような店が方々に出来て、スーパーマーケットとともに発展したことは知っての通りだが、53年に株式上場して昨年今年と初めて減益になったという。利用者が減ったとは思えないが、店の数が増えすぎて採算性が低下しているのかと推測する。 あるいは少子化の影響があるのかも知れない。
それに、最近はデパートとは毛色の違う大型モールが林立して、その店で総ての買い物が完結するような形態が増えたことにも一因があり、スーパーもさることながら小さな商店はシャッター通り化一途にて淘汰されつつある。
加えて連鎖的不況という背景もあり、消費者には有り難いが、物価はデフレ傾向にあり安売り合戦が採算性を低下させているようだ。
若い人は、引越しをするとき、コンビニとコインランドリーが近いことが条件と聞いた。いまだ生活には必要不可欠の存在ではあるらしいが…。
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2009年4月18日 (土)

錯乱坊雑感 18-Apr 09

いつも使っているパソコンは、大容量の情報を瞬時に処理してくれる便利な機械であり、一般の人たちがこれほどまでにコンピューターを駆使して利用する時代が来るとは夢にも思っていなかった。
普及し始めて暫くは、難しそうに思えたこともあったし、それほど便利で用途が広いことの認識もなかった。自分自身も還暦になるまでは、その存在以外の知識はなにもなく無関心だったが、親友がMEの中古のパソコンをくれたので、壊しても惜しくないという発想で動かしていた。
そこそこ動かして利用可能なレベルになってから、このパソコンから自分の情報が漏れる恐れもあると予感した。
以前からうすうす危ないことを感じてはいたが、有名銀行の顧客リストを転売されたとか。これは故意による情報持ち出しだから犯罪だが、気付かないうちにパソコンからの情報漏れは、恐ろしい結果をもたらすケースがあるようだ。
以前に発覚したイージス艦に関する情報漏えい事件で、調査が進むうちに判明したことは、幹部が部下のパソコンへ猥褻画像を送り、その際にパソコン内に貯蔵してあった機密文書が知らないうちに漏れたという。
一応の調査を報道で知るだけだから真実は判らない。報道の通りだとすれば、パソコンは信頼できない通信手段といえる。
巷に暮らす人間に漏れたら困るほどの情報が誰にもあるとは思えないが、ウイニーというソフトについては危険性を、前々から指摘されている。不都合はなくても自分固有の情報が他人に知られるとしら、少し困ることを招くかもしれないという危惧がある。
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2009年4月17日 (金)

錯乱坊雑感 17-Apr 09

Ss 北海道の美瑛ほどではないが、広大な丘陵地に人工的ながら芝桜の寄せ植えは美しい。遠くから離れて見ると、あたかもパッチワークのように、三色ほどの色彩が織り成す作品として、多くの人たちを魅了する。東京近郊なら秩父の羊山公園には、四十二万株の寄せ植えが有名だけれど、今年の満開は今月末あたりという。
この時期はつつじの見ごろにもなり、梅雨までのひとときは、行楽や散歩に最適の季節で、たまには現場へ行ってみたいと思う。
世界同時不況とか、未曾有の景気後退が深刻で、しかも長引きそうという声がこだまする昨今、新聞にも旅行の広告が満載だが、それが世間の相場なのか、とてつもなく安い。
他人の商売の利益など心配する必要は無いけれど、どうやって採算が取れるのか、さっぱりそのからくりが分からないが、ボランティアではなさそうだから損はしていないものと推察する。
日帰りバスツアーなるものは、七千円ほどで食べ放題の昼食とお土産まで付くというから驚きだ。
主に暇で元気な高齢者か子育て終了の主婦がターゲットのようだが、食べ放題の光景はすごい。ピラニアの池に餌を撒いたように、鯨飲馬食の景観は、テレビで観るかぎり凄まじい。

2009年4月16日 (木)

錯乱坊雑感 16-Apr 09

犬が人間に噛み付いてもニュースにはならないが、人間が犬に噛み付けばニュースになる。

ありふれた話ではないから大きく取り上げられたのか、米国の石油王だったという億万長者と結婚した元プレイメイトが亡くなり、その人の生後五ヶ月の遺児が相続する巨額の遺産を狙って、父親とおぼしき人が三人も名乗り出たのだとか。

DNA鑑定の結果、元恋人の写真家と判定され、あたかも快挙のようにガッツポーズしている姿をテレビで見た。 金のためには、恥も外聞も無いということかも知れない。

他人事につきどうでもよいことながら、思い当たる時期に複数の人と関係をもち、妊娠してもだれが父親だか判定できないというのも凄い話。

女性は病院などで取り違えられない限り、間違いなくわが子と判るが、男は信じることしか確証はない。
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2009年4月15日 (水)

錯乱坊雑感 15-Apr 09

大きい道路のあちらこちらに欅並木があり、街道沿いは排気ガスにも耐えて、再び若葉が生い茂ってきた。
欅は公害にも強く輪廻転生の見本のようで、植えられた理由と推測される。かなり丈夫な樹木といえる。
秋に葉を落とし丸坊主になっていた欅に、この時期になると野菜サラダにできそうな新芽が一斉に彩りを増す。眺めているだけで希望が湧き出てくるような思いになり、春の陽気とともに視覚的にも気持ちが良い。
今生活の拠点にしている中庭内にも、雲を突くほどの大欅があり、毎朝二階居室窓のカーテンを開けると目に入る。一日経つごとに緑が色を増して、褐色の枝が見えにくいほどのボリームになってきた。
森林浴というものに効果があるのか、化学的根拠は別としても、とても良い目の保養になりそう。
野も山も一斉に花が咲き乱れて、色を失っていた風景が鮮やかな彩りに染め替えられている。花を散らした桜も、次第に緑一色に変わりつつあり、これぞ春爛漫の申し分のない陽気になった。Photo

2009年4月14日 (火)

錯乱坊雑感 14-Apr 09

Photo 北朝鮮が人工衛星と主張したナゾの飛翔体は、軍事用に転用できる技術であり、日本領土を越えての打ち上げは脅威だった。ゆえに国連において法的拘束力のある決議をわが国は主張したが、常任理事国の中国とロシアは反対して、その意見に米国も同調する形で議長声明に落着した。
何かと日本とは意見対立のある中国が次第に存在感を増して、経済的面と政治的両面においてイニシアチィブを持つようになり、特に米国は中国をかなり重視しているのが見える。
中国の指導者面々は自由な選挙の結果として選出されているわけではなく、共産党一党独裁という、世界の潮流から見れば例外的なシスティムで選ばれている。
その中国から首相の温家宝さんが二年前に来日して、日本の国会で演説やその他のパフォーマンスをして帰国した。
「氷を溶かす旅」と称していたものの、不都合なことには触れず、戦略的互恵なんて述べていたが、簡単に言えば互いに得をすることだけ享受しましょうという意味のようだった。
逐一、本国へも中継放送されていたというから、下手なリップサービスでもして不利益になったと判断されれば失脚する可能性もあったという。
過去に来日した首脳の中では、比較的に温和で真摯な印象はあったが、本当の意味で氷が溶けて信頼関係ができるまでには、道のりが遠いように思えたけれど、今回の国連決議の措置を考えれば、敵ではないが味方ではない。

2009年4月13日 (月)

錯乱坊雑感 13-Apr 09

Photo ★撮影日・4月6日 友人の撮影による某ゴルフ場進入口からの富士。
専らテレビ桟敷の観戦だが、スポーツ中継はリアルタイムで観るに限るわけで、結果が判明しているものを録画してまでは見ない。
今朝は横になりながら三時半からオーガスタのマスターズを見た。毎年同じ時期にこの試合を見るのが愉しみだが、日本人プレーヤーが活躍していると見るのにも力が入り、金曜早朝から欠かさず四日とも観戦した。
今年は、片山晋吾選手が四位と活躍したのは特筆ものの出来事で、現地でもその出で立ちから「カーボーイシンゴ」と、驚きと賞賛があったとレポーターも興奮していた。
プレーもさることながら、きちんと手入れの行き届いた美しいコースに、鮮やかな春の花が咲き乱れている景色は、毎年の春のシルシ。マスターズが終ると本格的春の本番になる。
もうひとつは春の大一番、桜吹雪の中競馬の「桜花賞」があり、昨日の15:40に阪神競馬場で行われ、安藤勝巳騎手が乗ったブエナビスタが優勝した。四十年も馬券を買っているが、所詮はギャンブル、当たる確率は低いけれどG1ぐらいは参加しようと続けているが、配当が安いので今年は止めた。狙い通りになったが,誰もが一致する本命決着にて、ただの見物で終わった。
最近は三連単というローリスクハィリターンの馬券が面白い。今年の桜の女王は名前も美しい「ブエナビスタ」だが、次の日曜はクラッシック第一弾の皐月賞。
あれこれ目星はつけているが、競馬は当日にならないと分からない。それが魅力だとも言えるが、ここのところはカンも悪いので、馬券の購入意欲も今ひとつだ。

2009年4月12日 (日)

錯乱坊雑感 12-Apr 09

春も酣になりスポーツも目白押し。千金の値という眠りを諦めて早朝からオーガスタのマスターズ中継を観て、八時半に中継終了とともにチャンネルを替え、パドレス戦で、その後は諸々。午後の予定は「桜花賞」競馬中継を観る。テレビ桟敷ながら、それなりに愉しい季節の到来だ。
期待通りにオーガスタは美しく、片山選手が6アンダーで最終日を迎えるのは、期待をもたせて明日ももう一日早起きして中継を愉しめる。
今だけの異変か、これから先もこの傾向なのか気温がにわかに高くなり、動けば汗ばむような気候で、桜のすぐ近くにある欅の新緑が早くも木の色を染め始めた。
世の中は、あれもこれも激動の時代だが、その時々の関心の深さで耳目の集まり方が変わり、当然ながら小さいニュースは大きいニュースの陰に隠れてしまう。
果実農家には重大なことのようだけれど、蜂が激減したためめに受粉ができずに、果物の生産コストが高くなり深刻な状態だとか。
昨年ニュースにあったが、米国もオーストラリアでも蜂の失踪が相次ぎ、理由らしいもののひとつに、蜂につく細菌による死滅と、ナゾの失踪という不可解な出来事らしいという。
時を同じくして日本でも起きているわけで、決定的な原因が掴めず不気味だとも。
何か自然界の掟とか法則のようなものに異変があるのかも知れないが、普段は蜜を提供してくれるぐらいのことしか意識しない昆虫が、人間の生活に影響を与えていることを、初めて意識した。 Photo

2009年4月11日 (土)

錯乱坊雑感 11-Apr 09

麻生政権の延命を図っているのではないかという穿った見方もあるが、次々に経済対策が発表されている。今が大切であり問題は一つずつ解決してゆくしかないと言われれば、なんとなく納得するけれど、にわかに張り切られると来るべき選挙対策のひとつかと…。
連立を組む党からの強い押しに押し切られたのかと思わないではないが、子供への支援金支給は、将来のことを考えれば当然の処置かと思う。
生まれることと死ぬことはセットになって人生がある。高齢化社会だからこそ避けられない問題だと思うが、ようやく終末医療のあり方について、このほど厚労省からガイドラインが提示された。まだ細部を詰めなければならない点もあり、確定的な結論に達するには道のりがありそうな問題ではある。
ことさら死ぬときのことを毎日考える必要は無いけれど、そこそこの年令に達した者は、自分の意思を明確に示すことができる段階で、自分の終末医療はどうして欲しいのかを伝えておくことが、お世話になった人達への義務かと私は思う。
富山の射水市で、当該患者の家族の依頼で呼吸器を外したことが問題になり、にわかに社会問題として論議されるようになった。死生観は宗教問題も絡む問題でもあり、一定の理解を得るまでには、各分野で議論を重ねるものと思うが、オランダやベルギーは、すでに尊厳死が法的に認められている。Photo

2009年4月10日 (金)

錯乱坊雑感 10-Apr 09

私が薦めたこともあり、知人は昨夜の満月の月明かりで、いくらか花びらの舞う夜桜を見てきたとか。月に照らされて、久しぶりに散り際の美しさを堪能したという報告だった。
東京の靖国神社の近くに千鳥が淵という場所があり、個人的に気に入りのポイントだが、花より団子の人には向かない。花見は口実で、主たる目的が飲み会のようなものを好む人たちは、同種の人が多く集まる上野の恩賜公園のほうが良さそうだ。
デパートも必死の商戦らしく、手ごろの値段のものから暖かい食べ物まで、公園まで配達するサービスが繁盛しているという。
一頃は熱にでも魘されているかのように、連日、飲酒運転のことが報じられ、日本はどうにかなってしまったのかと、信じられない日々だった。
取り締まりが厳重に成り減ったのか、イケナイと云う思いが拡がって自重するようになったのかも知れないが、新聞記事からは消えているのは、市井の人々にとっては喜ばしい。悪いニュースばかり聞いていると、性善説を疑いたくなるが、未然に不幸な出来事を防ぐためには、あの手この手で予防策を講じることに手抜きが無いようにする必要がある。
酒を飲んでハンドルを握ったらエンジンが始動しない車を作ることも、技術的には可能という。集団で宴会に出るような場合、一方的に「今日は酒席で飲みません!」というのは云い辛いというケースがある。そういう時は「今日はハンドルキーパーです」と書いた札を首から下げるというアイディアを、福岡県警福岡西署が考案提示したとか。
飲酒運転をしないためにも地味ながら、コストのかからないこのアイディアが全国に浸透したら良いと思う。Photo

2009年4月 9日 (木)

錯乱坊雑感 9-Apr 09

今夜は満月。月明かりで桜を眺めるのも未だ間に合う。何をするにしても快適で、自然にハミングしたくなるような陽気になった。
こんな時季は、あれもしたいこれもしたいと思うものだろうが、人はそれぞれ。そういうヒントを持っているように見えるのか、私の顔を見かけると「何か面白いことないか?」と、スタンプでも押すように語りかける知人がいる。
「何もない」と応じるのは素っ気無いが、まず、いいこと(面白いとか愉快なことには個人差がある)が何であるかを具体的に探してみたらどうかということぐらいしか言えない。体調がいいなら、適当に近所の散歩でもどうかと薦めておいた。
他人に話して気付いたが、本当は自分自身が長生きして、なにがなんでも具体的にこれをやりたいというものは無い。だが、なるべく早く死にたいと思ったことはない。
あるがまま、終ったら終わりでも良いという覚悟のようなものができて、静かな気分で余生をかさねているというのが実情だ。
何がしか明日を期待するものが必要かと思うが、特別なものは無くても、まあ、生きているのは愉しい。明日の早朝はオーガスタからの中継がある。早起きして観戦するつもりだ。Photo

2009年4月 7日 (火)

錯乱坊雑感 7-Apr 09

Photo いよいよ春たけなわ。ようやく気温も春らしくなり、春宵一刻値千金というように、夜明けのまどろみが心地よい。花見もそれなりに愉しみ、スポーツも各種賑わって、野球やゴルフなどが目白押しにTV中継されるのを観ている。
今はもう出来ないので、専らテレビ桟敷の観戦だが、スポーツ中継はリアルタイムで観るに限るわけで、結果が判明しているものを録画してまでは見ない。
野球は、先般のWBCがあまりにも盛り上がった熱戦だったために、いつものペナントレースを見る気分もいまひとつの、気が抜けた状態である。それより今週はいよいよマスターズゴルフ。早起きして五時半からオーガスタを見る予定だ。どこまで通用するか、石川遼選手がどれほど活躍するか期待して見たい。
毎年のことだが、マスターズが終ると本格的春の本番になる。もうひとつは春の大一番、桜吹雪の中競馬の「桜花賞」があり、今年は有力場の名も知らないが…何だろう。あれこれ目星はつけているが、牝馬は当日にならないと分からない。それが魅力だとも言えるが、ここのところはカンも悪いので、馬券の購入意欲も今ひとつだ。

2009年4月 6日 (月)

錯乱坊雑感 6-Apr 09

新年度に入って、足踏みしていた東京の桜が満開になった。
春、始まりの季節になっても、未だ底のみえない暗い不況の中で、みけんのシワを深くしている人も多いとか。
何事も仕切りなおしという気分転換の時期でもある。
新学期や事業の新年度は、おのずと希望や期待が沸き新しい気分に変わるようだが、サラリーマンは慣れた仕事を続けているうちにマンネリに陥り、特に新鮮味がないという。
なんとかして前向きな気分で取り組みたいという声も聞くが、「前向き」というのは、物事に対して積極的・発展的であるという意味だけではなく、進むべき方向に目を向けることであり、振り返って戻ろうとする行為も、ときにそれが前向きな動きであるともいえる。
予定や計画がトントン運ばないこともあるが、気持が進むべき方向にあるならば、希望や願いは遅くなっても何時かは叶うもの。満開の桜を眺めていたら、前向きの反対に後ろ向きになって諦めなければ願望や目標は、途中で少し足踏みしたとしても達成できるものと思えてきた。Photo

2009年4月 5日 (日)

錯乱坊雑感 5-Apr 09

Photo 東京の桜は満開になり、本日は風も無く穏やかな花見日和になった。
人と人とのご縁というものは不思議なもので、毎日のように姿を見ていて,対面しても天気の様子を話す程度の人もいれば、巡り会って日柄も経たないのに心の琴線に触れるような会話が出来る人もいる。
ネットを介して知り合った方々においては、一面識もないのに、長きにわたり会話を重ねている人もいる。どちらか一方の問題ではなく、俗にいう「ウマが合う」とか「合い寄る魂」というものかも知れない。
おじさんと言われる年令に成り、故郷について問われることもないが、ネットのサイトに記入欄があり、郷里は石川県と書いたが、14才までは福井県に居たので福井県と記入してもよかった。
長年、友人知人との年賀状のやり取りをしているが、その数の多さは圧倒的に石川県なので、懐かしさの深さも含めて、どちらかといえば石川が郷里かと思うだけのことだ。時に福井県のことも、桜の美しい季節になると思い出される。
子供のころに、近所の方々や遊び仲間の友達などから影響を受け、自分の人間形成の土台を作ってくれたのが故郷であるが、帰るべきところではないような気がする。
今は特に車椅子が必需品の暮らしになり、物理的に無理だろうと思う一面もあり、やはり、故郷は遠きにありて思うものかと…。

2009年4月 4日 (土)

錯乱坊雑感 4-Apr 09

Photo 公にされているわけではないのに、一応はミサイルのようなものを発射するのは間違いないらしい。北朝鮮が宇宙衛星の打ち上げと発表したのは、偵察衛星で航空写真が報道されて以後のことである。
日本政府はテポドンというミサイル打ち上げと言っていたが、最近はもう少しぼかして「ひしょう体」と呼んでおり、万一失敗して日本の国土に落下するようであれば、迎撃して打ち落とすということでPAC3なるパトリオットを配備したのと同時に、監視のために日本海にはイージス艦も出している。
なんだか粋な花見の時期に不穏な行動にて落ち着かないが、ほんとうに迎撃が実施されるようだったら、それこそのんびりしたことを言っていられない事態になる。
予告によれば、天候にもよるらしいが今日(四日)から八日までの間に、北朝鮮は打ち上げを実施するのだとか。騒げば騒ぐほど北朝鮮の思うツボだろうし、中止を申し入れたとしても止めるはずもない。いずれにしても、日本の本土上空を横断することは間違いなく、成功を祈るのも変な具合だが、万に一つも失敗の確率は無いとはいうものの、もしも失敗でもされたら怖ろしいことに被害が日本に及ぶかも知れない。

2009年4月 3日 (金)

錯乱坊雑感 3-Mar 09

Photo 弥生から卯月に変わり、開花発表から十三日目で東京の桜は満開になった。ひょっとして記録的なことかもしれないが、最近は何事もデジタル表記にて数字が目に止まる。個人の好みで言えば、数字の表記にはいろいろあるが、漢数字が好きだ。

漢数字には表情があり「春四月」とか「二人の世界」と書けば、単なる数字の次元を離れて、奥の深い感情の世界を描きだせる。

パソコンやワープロで文章を打つために「春3月」とか「2人の世界」と表記すると、台無しになってしまう。

数量を表わすときも、文学的な場合と経済的評論のような場合は、人によって意見の分かれるところかも知れない。

この原稿は横書きだから「30,000円」でも違和感がないかもしれないが、三万円の方が判り易い。だが、端数があるときはこの限りではないような気はする。

欧米の新聞なども、十年は「10 years」ではなく「ten years」とか「decade」と書く。

確定的な原則は示されていないが、何がなんでも画一化しなければ混乱するというもんだいではなく、個人の好みかなと思わないではないけれど不思議な印象として残るものがある。

2009年4月 2日 (木)

錯乱坊雑感 2-Apr 09

楽天といえばネットの世界のみならず、広く社会的にも認知され、プロ野球の楽天イーグルスも経営している。
その楽天が支配権を握ろうとしてTBSの株式の二割ほどを取得したものの、強烈な拒絶反応に遭い撤退を決意したとか。
世界的経済危機に陥り、経済活動の様相が大きく変化して、最近はそれどころではないようだが、ここ何年か前から、M&AとかTOBという文字が頻繁に新聞記事として出ていた。
企業買収とか公開買い付けのことだが、日本では過去から馴染みはうすく、感覚的に会社を乗っ取る行為のようで違和感があった。会社は誰のもので、その支配権は誰にあるのかという素朴な疑問もある。
大きい会社が小さい会社を飲み込むような形で合併した例は、過去にもあるにはあったが、TOBという手法は近年になってからのことで、証券取引法の整備が充分ではなく、法の網を衝かれたともいえる。
ジュエリィクラウンとかホワイトナイトという言葉の意味を知ったが、人夫々に見解の相違はあるとは思うけれど、どう考えても、すでに過去の人ながらホリエモン氏やムラカミファンドの村上氏のように、短期間に何百億円もの利益を上げた行為が正当と私は思えなかった。
Photo

2009年4月 1日 (水)

錯乱坊雑感 1-Apr 09

もともと政治資金規制法というのはザル法といわれ、いま話題の小沢さんにしても二階さんにしても、資金管理の受け皿としてかげろうのような会社が寄付金を管理していたという。
笑っては悪いが、小沢さんのところは「陸山会」というのだとか。その昔、金権政治そのものの「越山会」というのを連想した。どの程度の違法行為だったのかは説明されてはいないけれど、よりによって名づけた一字違いの事務所名に怪しさが漂う。
人の名前が分からないか、あるいは故意に名前を伏せて、特定の人物を指す時に使われる「某」という字は、ボウとかナニガシと読む。
夏目漱石の「我輩は猫である」で、猫の主人の苦沙弥(くしゃみ)先生は胃弱だったから、しばしば医者の診察を受け、薬ももらっていた。
このかかりつけの医者は「甘木先生」という名前で、漱石がなぜその名をつけたかというのを読んだ。
「某」という字を上下に分けたらしく、甘と木で甘木にしたたという作者のひねったユーモアだとか。
そういういわれのある小説だとは思わず読んだことがあるが、作者漱石の意図や工夫を想像すると、別の面白みがある。
政治家も頭を絞って「正直会」という名称にして、誠実に政治をするという看板にしたらいかがかと思うが、エープリル・フールにこんなことを言ってもダメか…。
Photo

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