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2009年7月

2009年7月31日 (金)

錯乱坊雑感 31-Jul 09

ライフセーバーをしているという知人は、離岸流にやられて遭難したという人を助けに出たが、間に合わずに死亡して残念だったという。
若い頃にサーファーもどきに遊んでいた頃、自分も離岸流に押し流されて遥か沖にもってゆかれてパニックになった経験がある。泳ぎにはいくらか自信はあったが、この「離岸流」というのは知らないととんでもないことになり、メカニズムを知らないで格闘して、疲労困憊の末に溺れそうになった。サーフボードにつかまっていれば死ぬことはないはずなのに、芯から疲れると波にもまれているうちに腕の力さえ萎えて、しがみついているのがやっとのことになり、そういう状態で一キロ以上も陸地から離れると戻るのが至難のことになる。
離岸流は陸から沖へ引いて行く流れのことで、海底の形態によって起き易い場所があるとされており、横へ逃れながらその流れのないポジションから陸へ向かうしかないのだが、冷静沈着に判断しないと遭難の究極で溺れてしまうことも少なくない。
ライフセーバー君が助けようとした人は若い女性で、サーフボードも浮き輪も持たず、離岸流に出会ってパニックに陥り溺死したらしいとのこと。
いくらかでも波の高い日の離岸流なら、よほどの体力と咄嗟の機転でもないと難を逃れるのは無理なことではある。
これからが海の良好な時期だが、例年この時期に溺死者も多くなり、夏の海も恐ろしい。侮ったわけではないだろうが、海山の遭難はちょっとしたことで起きて、行楽の中で命を落とすのはいかにも勿体無い。
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2009年7月30日 (木)

錯乱坊雑感 30-Jul 09

政党や候補者が選挙のときに有権者へ耳に心地よいことだけ述べているのは怪しい。猫も杓子もマニフェストというが、結婚式のときの誓いの言葉にも似て、その時はそういうつもりだったと前言を翻すような気もする。
それが世の中で当然という見方もあるけれど、鳩山党首の演説を聴いていると、野党のときは与党案にことごとく反対していたが、政権奪取の現実感が出てきた最近は、少しずつ過去の意見を修正しつつある。演説の問いかけの意味も曖昧で、物事に責任を持つという意味も「ものも云い様」で変わるという見本のようでもある。自民党に穴がいくつもあってのことで、民主党から見れば敵失で転がり込んできた得点という感じもある。
本当に公約通りになるのならばも庶民にとっては、とても有り難い案に聞こえる。選挙中に掲げているマニフェストも「言ってみただけ」では済まされない。まさか小泉さんに倣って「その程度の公約違反なんて大したことではない」などと、後で言わないでもらいたい。
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2009年7月29日 (水)

錯乱坊雑感 29-Jul 09

旅に出れば土地土地の名物みたいなものがあり、特に海辺の食べ物は海産物だが、鮮度のよいものを普段は入手できないから特別に美味い。
伊豆半島の先端にある妻良(めら)へ旅行に行ったという知人の話によれば、あわびや伊勢エビを焼いて食べたのが、いかにも鮮度がよく格別に旨かったという。美味なら美味で良いのだろうが、オーストラリアなら罰金モノだと調理人がいうので、意味が分からず訊いた。外国では、当然のことながら風習や文化しきたりが違うが、オーストラリアでは日本式の生き作りはご法度らしく、もし訴えられたら罰金刑になるのだという。理由は残酷だというが、国柄で感覚はひどく違うものだ。
生き物を食べるということなら、牛や羊はどうなんだろうかとの疑問はあるが、殺して食べることに問題があるのではなく、目の前で苦しみ悶絶するのを見ながらたべることがイケナイのだとか。実際に訴えられた人はいないらしいが、シドニーの日本式レストランで働くコックに教えられたという。
そういえば、南伊豆で生きたエビやアワビやサザエを焼いて食べたことがある。その名も「残酷焼き」というが、罪悪感より食欲が勝ってはいたが、その名の通り残酷だなとは思った覚えがある。S

2009年7月28日 (火)

錯乱坊雑感 28-Jul 09

なまじ日本が常任理事国になりたいと宣言して、それなら、そういう意識を持った国で市民が刑事裁判に参加していないのは例外的なことだから、日本もそういう民主的な国にしようと、裁判員制度を2009年5月からすでにスタートとなっている。
戦後60年余り、職業裁判官だけで判断していたことが、一般人も参加して裁判をすすめようということらしい。裁判人候補者としては600~800人に1人の確率で指名され、正当な理由なく欠席すれば罰則もあるという。
殺人や傷害致死傷の重罪裁判は、年間3,600件余(2005年)というから一日に十件はあり、集中する日もあればもっと多いのかも知れない。70才以上の高齢者や20才以下の学生は除外するとのことだが、一般的に裁判の経験がない素人が参加して、どれだけの意味があるのか疑問もある。
死刑廃止の声があったり、殺人など重要犯罪の時効撤廃などという意見はどうするのだろうか。Photo

2009年7月27日 (月)

錯乱坊雑感 27-Jul 09

人生の峠も越えて、若い頃に考えていたような「いかに生きるべきか」というような悩みは消えているが、人生のさまざまな節目には時々ではあるけれど、いかに整理しようかと思案することがある。
人生訓の本が書店の棚を埋めているのも、ひょっとしてそういう場面でのヒントとして売れる理由かと思う。小説にも人生訓の要素は少なからずある。
若い頃は司馬遼太郎、中年と呼ばれるようになってからは、池波正太郎や藤沢周平の作品に登場する人物の影響を受けた覚えがある。
作家もどうやら意識して書いたらしく、藤沢さんは城山三郎さんとの対談で語って居られたのを読んだ。時代の一種の使命感があって、啓蒙的な役割が狙いだったとか。ただしご本人は「何を偉そうなことを」と思ってしまうので、その役割を演じる気はなかったけれど、多くの時代劇に人生訓を読み取ってくださった方が多いと伺っている…と。
隠居の身の主人公が偶然、病に倒れた友が歩く習練を始めた場面を目撃する。杖をついており、何度となく転びそうになるが、やめようとしない。胸を波打たせて思う。
『いよいよ死ぬるそのときまでは、人間は与えられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ』と。
マリナーズのイチロー選手の言葉ではないが、心が折れそうになったらネバー・ギブアップの励ましとして思い返したい。人生の酸いも甘いも知り尽くした藤沢周平さんの内心から、自然とにじみ出た言葉だろう。心の奥底に大切にしまっておきたい人生訓だ。 ちなみに、この一節は『三屋清左衛門残日録』の最後に出てくる。Aa

2009年7月26日 (日)

錯乱坊雑感 26-Jul 09

漆黒の闇に町の明かりはなかなか美しい。三十二回目という隅田の花火大会を見た。テレビ桟敷で21,500発は圧巻のページェント。案内の女子アナの浴衣姿もかなりイイ景色だった。
豪雨で被害が出た地域もあるなかで、能天気に浮かれたことをいうのも憚られるが、間断なく打ち上げられた花火の光と炸裂する音は、スカッとした気分に成り、都民もテレビの視聴者も堪能したことでしょう。
東京は一旦梅雨明けの発表があったものの、梅雨明け前のような天候が続いていただけに、やっと夏を迎えた。
コンテストは題名をつけてさまざまな作品があったが、好みの問題で専門知識がない者にはわからないことだ。それにしても、テレビの解説に出ていた火焔組合の役員さんは、ことごとく欠点を挙げつらっていた。司会の高橋英樹さんは辛口だと役員への感想を述べていたが、なかなか他人のことを褒めない江戸っ子気質の片鱗であろうか、減点法の見方だと私も思った。
夏の高校野球と花火大会は、やはり真夏の風物詩である。002

2009年7月25日 (土)

錯乱坊雑感 25-Jul 09

夜の七時から21,500発の東京隅田川の大花火大会がある。このところ天気がいまひとつだったが、久しぶりに朝から晴れた。
このところ山口県の防府市では大きな土石流が起きて、大きな災害になった。昨夜も北九州では集中豪雨で浸水被害が出たとか。台風が来襲したわけでもないのに、この夏の気象は異常でおかしい。
ある施設の玄関前に止まっている車の横っ腹に「チンラまた」と書いてあるので、何をする会社の車かと思ったら、右から読むというのが、空箱を下げてきた運転手さんを見て解かった。今は左から読むのが常識だが、これで多摩ランチという弁当屋のことを記憶したから、それが狙いとは思えないが宣伝効果はあったのは間違いない。
昔、赤坂見附の駅に「AKASAKA」と表記してあり、あらためて読んでみるまで長年気付かなかったが逆さに読んでも同じだなと、思ったことが印象にのこっている。
正月の初夢を見る前に「宝船」という短歌を書いて枕に挟んで寝れば、その時に見る初夢は叶うという言い伝えがある。「長き夜の遠のねぶりの皆目覚め波乗り舟の音の良きかな」ひらがなに直して濁点を除くと、『なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな』になる。
よくできた短歌だと記憶しているが、自分の場合は初夢は見ることもなく、真夏の夜の悪夢は正夢になったようで、なんだかそのまま人生の顛末になった。Photo

2009年7月24日 (金)

錯乱坊雑感 24-Jul 09

採点に時間がかかるという理由もあるようだが、あらゆる最近の試験には、記述式と○×方式では圧倒的に○×または複数の答えから一つを選択する方式が採用されている。
いわゆるショートアンサーは、あてずっぽに答えても当たるという点で真の意味で理解しているとは思えない面があるけれど、言葉の解釈まで読み取って採点するには時間がかかるために効率を求めたのは言うまでもない。じっくりと他人の話を聞き取らない現代人の傾向は、この試験方式を経て大人になった人が増えて、その影響が強いように思えてらない。
先日、入院した病院にて、常識的にも無理難題と思われるクレームおじさんに遭遇した。私と同じ入院患者という立場の人ながら、対応に当たった看護師さんを気の毒に思った。実社会では正解の無い問題と向き合っているわけで、そうしたときに「知識を知恵に変える」という能力が問題になる。
究極の二者択一とか簡単に選べない問題が、世の中には山ほどあるのに、入り組んだ話を嫌う傾向はそういう因果関係があるように思うのは短絡だろうか。
情報化時代といわれて久しいが、権利を主張するのはいいけれど、公平に判定する人が不在の場面での処理は大変なこと。最近になって耳にするモンスターペアレントと呼ばれている父兄からのいじめへの処理にも似たようなところがあり、教育現場に限らず対人サービスのあらゆる場所では、ひとつひとつのクレームには相当に苦慮しそうな気がした。Photo

2009年7月23日 (木)

錯乱坊雑感 23-Jul 09

梅雨明け直前という山口県の防府市では、土石流による大きな被害が出た。今年の七月はやたらに不順な天候で、東京などは関西よりもいち早く梅雨明けが発表されたものの、何日もしないうちに梅雨の戻りのようなよう気で、「大暑」の今日も夏にしては涼しい。
気象庁はラニーニャのせいだと云っている。スペイン語で男の子をエルニーニョと言い、女の子をラニーニャと言うのだとか。南米ペルー沖の海水温が高いときをエルニーニョと呼び、その反対に低いときをラニーニャと呼ぶのだと説明されていた。
それじゃ今年は女の子が元気よくて、素人には暑い夏になるものと思い込んでいたが、いまのところ関東地区についていえば、梅雨明け発表直後には猛暑日もあった。しかし、その後は日変わりのまだらな天候で灼熱の夏とも言いがたい。
風が吹けば桶屋が儲かるという論法でいえば、ラニーニャになれば太平洋高気圧が強くなり、日本は暑い夏になるという。夏が暑ければクーラーや扇風機がよく売れて、海の家なども繁盛することが予想されるとか。
人間の思惑通りにならないところが、自然現象の判断に迷うところだとは思うけれど、微妙にはずれることが多いような気もする。下駄を投げて占っているわけではない。競馬の予想が的中するよりもいくらかなりとも確率が高ければ「よく当たった」と思えばいいのかもしれない。
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2009年7月22日 (水)

錯乱坊雑感 22-Jul 09

日食を見るために出かけた旅行客には、残念な空模様だったようだ。テレビの中継で中国や悪石島の様子を見たが、悪天候で太陽は観測不能だったもののわずかな時間ではあるけれど夜のような暗さになり、これが皆既日食かと…。

涼を求めて避暑地への旅行もいいだろうと、でかける人もいる。そこそこ生活が豊かになり、多くの人は生活必需品の殆どを所有しており、新たな需要を掘り起こすのが容易ではないという業者の声も聞く。
自分なりの事情で旅行は無理でも、なにがなんでも世間と同じでなければならないとは思っていない。贅沢をしようと思えば、欲しいものが無いわけではないが、当座生活するのに必要なものはひととおりそろっている。世間もそういう家庭が多いのは確かで、生活の質の向上を求める傾向にあるという。この夏も海外旅行に沢山の人がでかける予定だというが、昨年よりは減っているとか。
ドルに比べればユーロは高くヨーロッパ旅行は割高らしいが、旅行好きの知人たちは影響も無いようで、一週間のバカンスというから、なんだかんだと云いながら余裕があるんだなと感じる。
輸出が落ちていると伝えられているが、日本の製品は故障が少なく、一度購入すると長く使用することが多いので買い替え需要がおきにくいという。消費者からすれば簡単に壊れては困るわけで、比較的に故障が多い外国製のものは敬遠するのも事実だ。
みんなが切り詰めた生活をすれば、間違いなく経済は沈滞する。不況克服のためには、そこそこに循環する経済が望ましいのだろうが、そういう一方でワーキングプァーなる人々もいて、世の中はさまざまではある。 Photo

2009年7月21日 (火)

錯乱坊雑感 21-Jul 09

今日も朝からどんよりした空模様ながら暑い。一年のうちで一番暑いといわれている二十四節気の大暑とて、このところの天候は梅雨の戻りみたいにおかしい。
変だといえば、今の政治は予約解散とやらで午後にも解散するという。
いつも思うのは、大方の政治家という人種はまず他人の意見に、ほとんど耳を貸していない。喋るのが商売なら、もうすこし相手の言うことを十分に聞いてから、なるべく簡潔に議論を展開すべきと思うが、相手が話し終えないうちに自分の主張だけをかぶせるように話す人が実に多い。テレビの政治討論番組などを視聴していると、十分に論旨は伝わらず、とにかくもただやかましい。
昔はもっと品格のある議員が多かったように思うが、いつの間にか相手を論破するというのが、相手に喋らせないというスタイルになり、いったい何を議論しているのかさえ分からない場面ばかりが目につく。司会をしている人の仕切りにもよるのだが、せめて相手が話し終えるまで聞いてから発言してもらうように仕向けるべきと思う。
まじめな話をするのにバラエティ番組のようにはできないが、話は一回三分以内にまとめるとか、相手の話の途中で主張を開始しないなど、あらかじめルールを決めて議論を進めるようにして、ルール違反をした場合には、ぶん殴るわけにもゆかないから、上からバケツが落ちてくるようにでもしたらいかがかとさえ思ったりする。Photo

2009年7月20日 (月)

錯乱坊雑感 20-Jul 09

古来日本人には『朝顔につるべ取られてもらい水』というような、奥ゆかしい優しさをもつ文化があった。しかし、今は社会に向けたモラルが低下しつつある。
旅に出たり夏になると開放感があり、ハメを外す人が少なくない。
たかが落書程度のことに過剰反応だという意見もあったが、指導的立場にある人や最高学府にいる学生のやることとしては幼稚なモラル違反だった事件が報じられていたのは昨年のこと。
昔から、いたるところに落書があり、何が楽しいのだろうかと不思議にも思うが、相合傘に名前を書いて記念にしている人もいる。 世界遺産の大聖堂の壁に、大学生や野球部監督が落書をしたということが騒ぎになり、特に日本のメディアでは不届き者として非難。結局は野球部監督の解任という処分に発展した。その後、落書をした女子短大生と同学長がフェレンツェ市役所を訪れて謝罪している映像がテレビで流れていた。
深々と頭を下げる学長とその姿を涙で見つめる大学生。その誠意溢れる対応に驚きの表情だったのは市役所職員だった。号泣する学生の肩を抱き慰めている場面があり、潔癖で律義な日本人に感動しているように見えた。
落書はいただけないが、くしくも日本人気質をアピールする結果となった。それにしても、女子大生に「もういいから、笑顔になって帰ってね」と、声をかけていたイタリア女性職員の優しく慈愛に満ちた微笑みに、映像というものは、姿ばかりか心の中まで写すものだと感心した。Photo

2009年7月19日 (日)

錯乱坊雑感 19-Jul 09

俗に、青年は過ちを犯しやすく、壮年は争いやすく、老年は悔悟しやすいという。
自分がもう若くはない年齢になり思うことは、裏を返せば、過ちを犯すほどの迫力も無くなり、他人と争う気力も失せて、もう適当に妥協して暮らせばそれほどの悔しさもないかと思うようになった。
人生にはツキのある人とツキの無い人が、確かに存在する。
身にかかる出来事だって、厳密に言えば、明日のことさえ知らずに暮らしているわけで、あの時あの場所を通らなければ事故に遭遇しなかったのに、なんて思う場合だってある。その反対に、別の要因で事故を回避できたという人もいる。
先日も北海道の大雪山系へガイド付きで登山した客など十名が、にわかな冷え込みで死亡した。薄着で無謀だったという意見もあるけれど、ガイドが助言しなかったのか、まさかの出来事だったかと思う。
何事もなく年輪を重ねるとしても生きるうえでは、目標をもち、それに向かって努力することも大切ではあるけれど、じたばたしても始まらない。
お年寄りがよくいう口癖の「冥土の土産」なんて不要。逝くときは手ぶらになるわけで、生きていてこそだ。

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2009年7月18日 (土)

錯乱坊雑感 18-Jul 09

今年は新年早々から百年に一度の経済危機とやらで、製造業をはじめ流通にいたるまで不況の波を受けている。
ここにきて景気は足踏みから好転しそうという日銀の景気判断もあるようだけれど、消費を喚起するために物の価格はデフレ傾向にあり、利益率の低下などで商売は大変だろうと推測する。
その昔、近くの酒屋さんが店舗を改装するというので見に行ったら、コンビニエンスストアーという看板になっていて驚いた。三十五年ほど前の夏のことだった。
其の後は同じような店が方々に出来て、スーパーマーケットとともに発展したことは知っての通りだが、53年に上場してこの三年初めて減益になったという。利用者が減ったとは思えないが、店の数が増えすぎて採算性が低下しているのかと推測する。あるいは少子化の影響があるのかも知れない。
若い人は、引越しをするとき、コンビニとコインランドリーが近いことが条件と聞いた。生活には必要不可欠の存在ではある。便利な店という意味では利用価値もあるが、24時間営業で深夜の照明などは不必要なほどに明るい。
それなりに存在理由も論じられているけれど、コンビニの深夜営業とテレビの深夜放送などは、一時的に不便が生じるとしても廃止してみれば、きっと具体的な節約になるものと確信するが…。Photo

2009年7月17日 (金)

錯乱坊雑感 17-Jul 09

悪口かまっとうな批判なのか、今朝の新聞には断末魔の混乱自民党と報じられている。元総理の安倍さんのときに、当時の参議院選挙は天下分け目の決戦だと、与野党の党首は口をそろえるように言っていたが、ある意味ではそうだったかもしれないけれど、大げさなアピールだなと思いながらテレビを見ていた。
結果として民主党が過半数を占めて、参議院議長も民主党が選んだ江田さんに替わった。その後の国会運営は「ねじれ」と称し、政権与党の思惑通りにはならなくなり、ことごとく法案審議や日銀の人事にいたるまで、難航する場面が増えたのは知ってのとおりだ。
時が流れて、小泉さんのときに自民党は大勝して福田さんから麻生さんへと政権は引き継がれてきた。
ある政治評論家がどの党首に向けてアドバイスしたのか、テレビで討論するときは「えらそうに長々と話さない。人の発言をこばかにしたようにニタつかない。こまかな話で応酬はしない。言葉は短く、適度な興奮状態を持ち続ける。」のがメディアでの注意事項とか。
テレビでよく見かける人でも実像とは違う印象の人もいるが、選挙などの場合はメディア戦略が大きくものをいうらしく、元首相の小泉さんなどは、ここぞと思う場面で聴衆をひきつけ、千両役者のように支持率も上げてきたような印象がある。
今頃気づいたのか、催眠術にかかったように、いくらか誤魔化された気分だったとつぶやいている人が居るにはいる。
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2009年7月16日 (木)

錯乱坊雑感 16-Jul 09

ニュースが無い日はないのだが、大きいニュースがあると小さい出来事は些細な一部でしかなく、新聞などの扱いも自ずと小さくなり、捜さないと記事さえ目につかない。
若田宇宙飛行士に託された日本の実験室に最後の部品を届けるというエンデバーの打ち上げが、直前の点検でシャトルからの燃料漏れが見つかり、打ち上げが先月の末から五回も打ち上げが延期になった記事がいかにも小さい扱いだった。手術している間に飛んだものとばかりおもっていたら、日本時間の今朝やっと打ち上げ成功とか。
シャトルも一機ずつ微妙に性能が違うらしいが、過去に、打ち上げ直後に爆発炎上したチャレンジャー号とか、帰還途中に側壁耐熱板の剥離により摩擦炎上したコロンビア号のことが思い出されて、地球に到着するまでの万一が脳裏をかすめる。
日本は今回も実験室「希望」の建設完成まで、あと一歩のことで今回の作業で実験棟建設が完了とか。この第三便の打ち上げに積まれる予定という船外実験装置を取り付けて完成なのはいいが、シャトル打ち上げには巨額の予算が必要なことから、米国は打ち上げ停止も含めて宇宙計画の見直しをするという記事がワシントンポスト紙にでていた。
一個人の目にも止まるぐらいだから、当然のことに承知して日本も計画を推進しているものとおもうが、普通の飛行機が発着するのとはわけが違う。打ち上げも帰還もリスクは高い。
たぶん、シャトルの打ち上げ停止になる公算は小さいと踏んでいるのだろうけれど、実際にそういうことにでもなれば、宇宙へ行く手立てはロシアのソユーズ号に頼るしかなくなる。
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2009年7月15日 (水)

錯乱坊雑感 15-Jul 09

関西を飛び越えて、関東甲信越地域は梅雨が明けたと発表があった。内陸部の群馬伊勢崎市では、七月としては異例の37.2度の猛暑日を記録。暑ければ暑いで、早くも水不足の懸念が伝えられており、政治と天気の予測は難しい。

久しぶりに入院することになり、手続きの際に、質問票を出して記入するように言われた。身元調査のようなものから「あなたの宗教は何か」という質問があり、平素は考えてもいない慣れない問いゆえ答えに窮した。
外国なら無宗教論者というのは危険人物という見方があると聞き、実家にいる頃は浄土真宗だが、仏教徒といえるほどの信心活動などは一切していない。
他人との付き合い上、葬儀やお盆にはお坊さんのお世話になったことはあるけれど、結婚式や地鎮祭の時は神主さんに頼るなど、純粋な仏教徒とは違うような気がする。
知人友人の多くは似たようなもので、日本人の宗教観とは何なのか。多くの人にとっては神仏習合かと思うが、ひとつには、学校で宗教を教えることがタブーになり、宗教については無関心になった。
ただ、良い面のひとつとしては異教徒を排除せず、クリスチャンの行事であるはずのハロウィンやクリスマスなども、むしろ歓迎して参加しているフシがある。
病院の手術には、場合により輸血の必要があり、宗教によっては輸血を拒む者がいて、係争を回避する意味があるとのこと。
私はイチャモンをつけたりしない。手術中になにがあろうと異義のないことを示した承諾書三枚にサインした。 
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2009年7月14日 (火)

錯乱坊雑感 14-Jul 09

ガイフウというよりギャクフウの人もいて、政治家もいろいろ人生もいろいろ。
時事や世俗的なことを織り込んで、趣味の川柳を定期的に作っているが、皮肉っぽい人だと言われたりする。皮肉や穿ちこそが生命線だから、これも一種の褒め言葉と受け止めて励んでいるけれど、ホントのところボケ防止。

「風が吹き笑みを堪える民主党」
「ビック横じゃまだ電機が店を出し」
「そのまんま知事で居ろよと師は助言」
「適切に法にのっとりウソを言う」
「来て困り来ないと期待水事情」
「しかるべき時が今かと肩落とし」
「ダイエット無用な人が熱を入れ」
「好き嫌いどちらの文字も女へん」
「核廃止全部ではないごく一部」
「さておいて議員ネンキン最優先」
「下野すれば野党の気持よくわかり」
「移植なら脳死は遺体割り切れず」
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2009年7月13日 (月)

錯乱坊雑感 13-Jul 09

知り合いからも、年令のワリに若く見えると言われており、お世辞と思いつつも少し真に受けていた。だが、身体は正直なもので、加齢現象のひとつらしく「前立腺肥大」と診断された。癌性のものかと疑いがあったらしいが、その容疑も晴れて無事に手術を終えたのは幸運だった。
老人の照明みたいなものだけれど、あるがままを受け止めるしかない。
欲望は果てしないから、その戒めとして「寝て一畳起きて半畳、天下取っても二合半」だという言い方がある。
一人に必要なものはタカが知れている。贅沢したところで、個人で欲張っても沢山のものがなくてもよいという意味だが、見回せば不必要な贅沢が少なくない。
ずっと昔のことだが、戦争に負けそうな時代に「欲しがりません、勝つまでは」とか「贅沢は敵だ」というスローガンを掲げた時代もあったと聞いたが、そういう時代の反動からか、すべてが豊かになり贅沢が普通のようになってしまった。
昔だったら正月の三が日にしか食べなかったり、そういう時にしか着なかったりした衣や食が、今や日常の衣食になり、かすかに貧しい時代を知る者としては、贅沢は敵に非ず素敵だけれど、本当の感謝の念も薄れて問題だなと思う反省もある。Photo

2009年7月12日 (日)

錯乱坊雑感 12-Jul 09

今日は東京都議会議員選挙の投票日で、選挙の行方を左右しそうないろいろなことがある。
公職選挙法に抵触する恐れもあることから具体的な論評は、投票結果が判明するまでしばらく控えなければならないが、食べたいものが無い食卓のようなもので、どれも選びたくない感じがする。
さりとて棄権もしたくないので一応は投票したが、棄権と変わりの無い結果なら虚しいけれど、それが選挙と割り切るしかない。
昔は、世のため人のために政治家になり、私財を投げ売って最後は井戸と塀垣しか残らなかったという議員のことを井戸塀議員と呼んだらしいが、それほどの志の高い人ではなくても、せめてもの希望は、約束したことは実行実現する議員を選びたいものだ。
最近は出口調査とやらで「当確」の判明が早い。Ta

2009年7月 7日 (火)

錯乱坊雑感 7-Jul 09

人によってはこだわりのあることらしいが、今日は、オリヒメとヒコボシの伝説を語るまでもなく誰でも知っている七夕。
ラッキーセブンが重なるというわけで、知人の息子は燃油サーチャージが廃止されたことを口実に、ラスベガスまででかけて結婚式を挙げるのだとか。
聞けば曜日などにはこだわらずに、国内の結婚式場も火曜なのに意外に普通の日よりも多いらしい。参列者への配慮はどうなっているのだろうかと思うが、人生の門出を印象に残る日にということのようだ。なんとなくラッキーセブンが重なるというのは縁起が良い響きがあるとのことから増えたという。
最初から別離を予想して結婚する人はいないと思うが、離婚件数が増加しているのも近年の傾向ではある。最近は、ダメなものは早めに見切るという。
それとは逆に、石橋を叩いて結局は渡らずに独身の人も多い。将来への不安からなのか、それとも自由さを満喫しているせいなのかは判然としないが、周囲をみても晩婚化は明らかで、個人の自由ではるけれど社会のバランスとしての少子化に、国家的視点の総合的対策は進んでいない。
いざというときの戦力になる兵隊を増やそうなどという狙いなら、ますます子供をもつという意思も遠ざかりそうな気もする。
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2009年7月 6日 (月)

錯乱坊雑感 6-Jul 09

買い物の手順として、価格や品質その他機能などを下調べをすればよいものを、ほとんど衝動買いのようにパソコンを購入した。
店員に詳細も確認せずに入手したため、最新型のビスタでは動かない周辺機器の総てを買い換えなければならないハメになり、大幅に予算超過したのは予定外のこと。いい年をして学習が足りないことを反省したが後のマツリ。
インターネットで調べてみたら、価格帯もさまざまに、メーカーに拘らなければ多種多様にあるものだと、いまごろ思っても遅い。熟知している人に聞いたところ、メーカーものといっても自社で部品にいたるまで製造出荷している会社は無いに等しいとか。
衣類のユニクロみたいに、よそで作られた物を自社のブランドとして売っているにすぎないので、ブランド信仰なんておかしいという。
そういえば聞いたこともないような会社のディスクトップパソコンが五万円もしない価格で出ており、普通の人が必要なだけの性能を備えたハイスペック商品だと記載されていた。
低価格のカラクリを事情通の人に聞いたら、性能に遜色の無い海外輸入の部品を寄せ集めて製品にしたものらしいが、めったにはないこととはいえ、壊れた場合のメンテナンスは無く、売り切りのものだとか。
過去に様々な電化製品を購入したが、保障期間内に修理した経験は皆無だから、壊れたときのことまで想定して買う必要もないのかと思うが、産地偽装のうなぎにも似て、製品のほんとう産地?は複数国の混血のようなものか。
機械物に当たりハズレはあるのだと一般的に聞くが、あたりハズレはときの運だと割り切り価格の安い製品を買うか、やはり保障期間もありアフターケァーのあるメーカーブランドを選ぶかは、大げさだが、ちょっとしたギャンブルかも知れない。Photo

2009年7月 5日 (日)

錯乱坊雑感 5-Jul 09

欧米諸国ではトヨタのハイブリット車がよく売れているという。国内においても諸税の減免が功を奏してか、納車に半年もかかり、工場は久しぶりのフル生産態勢とか。
大気汚染の少ない車という評判に加えて、折から世界的に原油高になり低燃費というのに加えてエコ志向も人気の要素らしい。
いままでは世界一の自動車メーカーだったGMモーターは、実質的に日本でいう倒産で、すでに自動車生産においてはトップになったというが、日本国内の新車販売は鈍化しているとか。ひとつには、ひととおり誰もが車を所有しており、潜在需要が少ないのも一因と推測されるが、若い人達の自動車所有願望が減退しているという意外な原因に、いくらか世の中が変わってきたなと思った。
少し前までは、安アパートに住みながらでもピカピカ新車に乗っている若者が沢山いた。余計なお世話ながら、バランスの悪い生活だと思ったものだが、今は車の月賦に明け暮れるよりも、現実的に容易に求められるパソコンとかオーディオ機器などに転換しているのだという。
自動車生産は日本の基幹産業ゆえに、隆盛であることが望ましいとは思うものの、そういうのは困るとトヨタはいうかも知れないが、より健全な生活をしている若者の方向性がいいなと思う。
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2009年7月 4日 (土)

錯乱坊雑感 4-Jul 09

ずっと高温多湿の毎日だったが、久しく忘れていた梅雨寒も体験して、平均すれば普通の梅雨の気温に、今日はほっとひといきの感がある。
水不足の懸念があったので雨を歓迎していたけれど、場所によっては洪水になるほどの降雨というから、天の神様の配慮には手加減がない。 また、東シナ海には大型の越前クラゲが大量発生しているのだとか。
今年は海開きが始まる前から、関東でいえば伊豆や湘南、反対方向の千葉や茨城の海辺の人出が多いという。聞くところによれば、今年は意外にも太平洋側の海水温度は低いとのこと。それでもいま若い人達に静かなサーフィンブームが起きていて、ルールも守らず混雑しているときはかなり危険なときがあると、知り合いのサーファーが嘆いていた。
一事が万事てあろうか、山であれ海であれ、モラルの荒廃は楽しさを半減させる。
先例のイタリア世界文化遺産へのラクガキは、当のフェレンチェの現地では日本の厳罰が過ぎて驚かれたとも聞く。百歩譲れば何の気なしにやった行為とは思うが、年少の学生でもあるまいに、社会の指導的立場の教職の人がやったこととしては幼稚過ぎた。
特に夏は、夜の浜辺で花火や飲酒などでゴミを放置するというようなトラブルもある。賛否意見の分かれる問題ではあるが、大人としてやってはいけないことは、どういう立場であれ、やらない自制がのぞまれる。B

2009年7月 3日 (金)

錯乱坊雑感 3-Jul 09

昨日はL&Gという会社の詐欺事件の裁判について報じられていた。別の事件ながら
海老は日本人が好む食材らしいが、その養殖で一年の配当が投資分ほどあるという触れ込みの詐欺事件もあった。
冷静に考えれば、そんなはずはないインチキだという予感すらなかったのか、見事にそのワナに落ちた人が何万人もいて、被害額は650億円以上とか。まさに異常なことにて、プロ野球楽天の野村監督のつぶやきではないが「バッカジャナカロカ・ルンバ」である。
それとは色合いは違うことだが、相変わらず多重債務に苦しんでいる人が多いとか。高利貸しから借金をする人がなんと多いのかと驚きである。借りた金は返さなくてはならないのは、当然の社会のルール。返す金が無いから、他の金融会社から借りて多重債務者になるという構図らしい。
取立て方法がどうだとか、金利が高すぎるというのも確かに問題だが、安易に借りる借り手にも大きな責任がある。借りたものは借りたもの。自分が好きに使って良いのは収入のある分だけにすべきである。
どちらも金にまつわる話だが、俗に騙すより騙される方が良いとか、いくら借金しても命まで取るとは言わないというものの、厳しいかも知れないが同情したくはない。泥棒をするよりはマシだが、この社会的病理を改善する手立てはないものか。Photo

2009年7月 2日 (木)

錯乱坊雑感 2-Jul 09

タデ食う虫も好き好きという「タデ」は、とても苦い葉だが、どういうわけか鮎の塩焼きにピッタリの薬味になる。
タデの葉を擂り鉢で当たり、酢のなかに混ぜて焼きたての塩焼きにタデ酢を付けて食べると、ご飯にも酒の肴にも実によく合う。草を好む虫さえも食べないような苦い草を見つけた人は凄いとおもう。
川魚は好みではないが、鮎だけは口に合うので、そのことを覚えてくれて毎年同じ知人が鮮度のいいうちに届けてくれる。
タダでもらうのだからそれくらいは仕方がないかと、いちおうの薀蓄を拝聴するが、獲れた川によって味が異うのだとか。味覚というのは、独善的な判断が入りそうなことながら総合的に推測すれば、釣りたての鮮度のよいものをその場で焼いて食べるのがなによりという結論のようだ。
そういう話はどこかで聞いたことがあるなと思いつつ聴いていたが、北大路魯山人が昭和の初めごろ、つまり八十年ほど前のエッセーに書いていたことを思いだした。その中で「鮎の食べ方」という一節には、鮎を美味く食うには産地に行く以外に手はない…とあった。食べ物ひとつにもこんなに拘泥するのかと思った記憶だが、まあ、食べるのにこだわりが無いほうだが、鈍い私でも、どこで獲れたものでも新鮮なものをすぐ焼いて食べる。それにタデ酢につけて食べれば、ただ美味だと感動する夏の食べ物である。Photo

2009年7月 1日 (水)

錯乱坊雑感 1-Jul 09

今年の折り返し、7月1日は富士山の山開き。これから二ヶ月は夏山シーズンで、例年通り、大勢の登山客で賑わうはずだが今年は、八合目から上に残雪が多いとのこと。
富士山といえば、ニホン中の人が知るのみならず、世界中の人たちにも広く知られており、日本を代表する美しい山なのに、いまだ世界遺産として登録されていない。
つい何年か前、島根県の石見銀山跡地(いわみぎんざんあとち)が世界遺産に指定されたが、知る人ぞ知る場所であり、歴史的価値があるにせよ、認知度は富士山より低いはず。
優先順位はどうでもよいが、そのうちに富士山も世界遺産として登録される日が来るにちがいないと思ってはいるけれど、美しい山と思っている人は遠目で見ているからそう思うだけで、登山道脇を見ると、目を覆いたくなるほどのゴミの山だとか。 そういう場所へわざわざゴミを捨てに行く神経を疑いたくなるが、現実はひどいという。
最近は清掃に努力している人もいると聞くが、イタチごっこであるから民衆のモラルが向上しないかぎりは、世界遺産なんて遠いことなのかも知れない。
Photo

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